人生最後から二番目の無駄遣い

過日、札幌にいる会社の後輩から電話があった。ブログに墓を買っただの断捨離だのと書いているので、体調が悪く精神的にも落ち込んでいるのではないかと心配する声が多いから電話をしてみたという。現役の諸君に心配していただけるのは望外だが、実際には全くそんなことはないわけで、療養中の身とあっては「元気です」ともいいにくいものの少なくとも気持ち的にはかつてないほど「前向き」である。

人は誰しもいつかは死ぬ。しかし、目下健康な人たちにとってはそれは考えたくないもの、話題にしたりしたくない、ある種のタブーなのかもしれない。しかし、癌患者にとって死は身近である。何ヶ月先か何年先かは別として、自分でイメージできる範囲にある。だから、残された人生はやりたいことに優先順位をつけて、より充実した一日一日を過ごしたい。“断捨離”とはつまりそういうことで、人生の無駄遣いをしている暇がないのである。気持ちは“前向き”たらざるを得ない。

ただ、“断捨離”については、ちょっと想定外の事態が起きている。〝断捨離〟とはそもそもモノとモノへの執着を捨て去り、人生のスリム化を図ることだろうと思うのだが、多くのものを捨て去ったなかで、逆に欲しいものが出てきてしまったのである。それはつまり、小さくて音のいいスピーカーだ。

週に一度の温泉小旅行を企画するなどできるだけ家に閉じこもらないように心がけているが、とは言っても週に5日は自宅で過ごすことになる。そのうえ梅雨明け以来の猛暑が暑さに弱いぼくを直撃して、とてもではないが出歩く気にはなれない。本を読んだり映画を観たりもするが、音楽を聴いて過ごす時間が圧倒的に長くなっている。そして、あまり考えたくはないことだが、今後は自宅にいる時間がより長くなることはあっても短くなることはまずないはずである。であれば、少しでもいい音で音楽を聴きたいではないか。

というわけで、イギリスのKEFが製造しているLSXというスピーカーを買った。KEFはBBCのモニタ−スピーカーを作ったりしている定評のある音響メーカーだ。

(テレビボードに乗った小さなスピーカーがKEFだ)

横幅15cmほどのごくコンパクトなアクティブスピーカーだが、我が家のリビングではテレビボード以外に置く場所がないので、これが設置できるぎりぎりの大きさである。

(左右両チャンネルに低域70w、高域30wのアンプを内蔵している)

今年発売されたばかりで、ペアで16万円もする高価なスピーカーだ。年金生活者には過ぎた買物で当然躊躇したが、ヨドバシカメラで試聴したら我慢できなくなった。長年オーディオ好きだった人間は成仏できないものである。

iPhoneに入っている音楽のコレクションをBluetoothで聴くなら、実は既にあるB&Oのアクティブスピーカーで充分である。B&Oの音作りには、音楽を心地よく聴かせるエッセンスが込められている。ぼくはもうそれでいいと思っていた。しかし、同じiPhoneに入っているハイレゾ音源をオンラインでKEFに結んで鳴らすと、これはもう別次元の音がする。
音楽が繊細かつダイナミックに粒立ち、臨場感が違う。同軸スピーカーの強みで定位がいいので、ぼくはジャズ系の女性ボーカルを好んで聴くが、ニーナ・シモンやダイアナ・クラールが存在感を持って我が家のリビングに浮かび上がるのである。能率が高くパワーも入るスピーカーなので、クラシックのオーケストラでも音が窮屈になることはない。もちろん買ったばかりで、セッティングも追い込んでいないし、本当に満足できる音が出るまでにはエージングが必要だろう。

ぼくがスピーカーを買うよと話したとき、いつも無駄遣いを責める妻は何も言わず賛成してくれた。残されたぼくの時間を大切に考えてくれているのだろう。高価なものなので、十回払いの月賦にした。月賦を残して死にたくはないので、当面はあと十ヶ月生きるのを目標にしよう(笑)。このスピーカーは、ぼくの人生で最後から二番目の無駄遣いになる予定である。

人生最後の無駄遣いは、先日「断捨離」のブログを書いた当日まさに発表されたコンパクトなフルサイズミラーレスカメラ、sigma fpになる予定である。大好きで代々使ってきたシグマの製品で、オリンパスOMに引けを取らないコンパクトさとあっては、これもどうしても欲しくなってしまう。発売はこの秋になるというが、価格はまだわからない。ただし、このカメラを入手する場合には、現在使っているオリンパスのカメラとレンズをすべて売却するつもりだから、
全体として断捨離の文脈からは外れないのかもしれない。

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