2012年6月1日金曜日

休暇の終わりはお名残惜しや。

釧路での休暇も今日で終わり。
明日は東京に飛んで、月曜日の朝に仙台に戻る予定。
「休暇」とはいいながら、
今回もほとんどゆったりすることはできなかった。
庭いじりやワックス掛けに追われ、忙しく過ごして体中が痛い。
でも気持はすっかりリフレッシュできたので、帰りたくない。
できることなら、このままいつまでも仕事を忘れていたい。


きょうは天気予報は悪かったのだが、
いい方に外れて一日青空が広がっていた。
お気に入りのロッキングチェアをウッドデッキに持ち出し、
この休暇で初めてのんびりした時間を過ごす。
蒲公英がいまを盛りと咲き誇り、
庭のヤチダモの樹は新芽を吹いた。


風が冷たく、肌寒いといえば肌寒いのだが、
こういうときは「爽かだ」とプラス思考で考える。


洗濯をして、部屋のフローリングにワックスをかける。
ロッキングチェアに揺られながら、
トレヴェニアンの「夢果つる街」を読む。
食事は三食ともに自炊。
夜はジンギスカンにした。
もうちょっと暖かくなれば、デッキで食べられるのに。


インターロッキングを並べてペーヴメントを作り、
木を植えて周りを囲って花壇のようにした。
隙間には砂利を敷き詰めた。
気がつくと、近所の猫が舗道の上を歩いていた。
土の上を歩けばよさそうなものだが、
猫にとっても歩き心地がいいのだろうか?
まだ直したいところはあるのだが、ここまでにしよう。
しばらくのあいだ、
釧路に帰ってくることは「土木作業」を意味していた。
次回は、
すべての「仕事」から解き放たれて、
心置きなくのんびりしたいものである。
できるだけ早く、もう一度帰ってきたいと思う。
仕事の都合さえつけば7月にでも帰ってきたいな…。


2012年5月30日水曜日

休暇はいつも忙しい…

 釧路の我が家をリニューアルしていくことが、
ここ数年、ぼくの生き甲斐(のひとつ)みたいになっている。
庭いじりに丹精する、なんてまるで老後の話のようだ。
(ま、いずれ遠くはない現実なのだが…)


玄関前に植樹するのはさすがに素人の手に負えず、
専門の業者にお願いしたが、
インターロッキングを敷き込んで舗道を造るなどは
みんな自分でやっている。
これが思いのほか力仕事で(雑草を抜くのが大変)、
体中の筋肉が痛い。
羅臼でのダイビングから始まって、
随分と体を酷使する「休暇」である。


きょうは庭のツツジ(やイチイの幼木)の周りを、
インターロッキングで囲んで花壇にする作業を行なった。
針葉樹(コニファー)と
ヨドガワツツジを買ってきて植えた。
きょう注文した砂利(砕石)と砂が明日には届くので、
舗道と花壇の隙間を埋めてやるつもりでいる。
(草を抜くのがまた大変だ…)
それから、コニファーをもう一本植えるつもり。
室内でフローリングのワックス掛けもする予定なので、
また忙しくなりそうだ。

2012年5月29日火曜日

釧路の我が家に木を植えた。

仕事を忘れ、頭をカラッポにして過ごす釧路の休日。
釧路にいると時間がゆっくりと流れ、一日が長い。
退屈だといっているのではない。
東京にいると一日が短く、せせこまし過ぎる。
それゆえ、ゆっくりと流れる時間の豊饒さが愛おしい。



きのうお訪ねした「マルトミ造園」の方々が、
さっそく今日きて玄関前に木を植えてくださった。
木の根が思いのほか張っていたために、
6人がかりで大きな穴を掘り、
クレーンで樹を吊り下げて埋めていく。
想像していたよりはるかに大変な仕事である。



これが、ぼくが“一目惚れ”したヤマモミジである。
曲がりくねって「虚(うろ)」がある幹が気に入った。
姿からして生命力はあると思うのだが、
うまく根付いて
盛んに木の葉を茂らせてくれるようにと願ってやまない。
運が良ければ、秋には紅葉を見られるかもしれない。


造園屋さんがくる前に、
インターロッキングを敷き込んで、
裏庭から玄関に通じる舗道を完成させた。
その舗道を挟んで、
2本のクロフネツツジを植えてもらう。


クロフネツツジは「躑躅の女王」と呼ばれているらしい。
かなり枝を拡げ、成長するらしいので、いまから愉しみである。

ぼくは釧路が大好きである。
この街で四季それぞれの“風”を感じて暮らすことができれば、
人生にそれ以上を望む何ものもない。
つまりは「向上心がない」ので、
いつもかみさんには怒られてばかりいるのだが…。

2012年5月28日月曜日

蒲公英の家


羅臼で潜り終えて、釧路の我が家に帰ってきた。
2月の上旬以来で、ほとんど4ヶ月ぶり。
その間もローンを払い続けているのだから、
とことん楽しまなくては…とセコイことを考える。

天気がよく、庭は満開の蒲公英で埋め尽くされていた。
ぼくは生命力に溢れる蒲公英が好きである。
33年前、
ぼくが新人TVディレクターとして
釧路に着任したのは6月上旬のことだった。
そのときも蒲公英が満開で、
街中が黄色い絨毯のように見えた。
それがとても心に残って、
いっぺんでこの街を好きになった。
あのとき蒲公英が咲いていなければ、
後に釧路に家を建てることはなかったかもしれない。
家を建てたときも、
蒲公英の絨毯のなかに家が浮かんでいる光景を夢想して、
除草剤の類を一切使おうとしなかった。
その結果、
蒲公英以外の雑草が蔓延って、
えらいことになってしまったのだが。

今年は玄関の前に一本の木を植えようと思っている。
去年ウッドデッキを造ってくれた
「丸善木材」の鈴木専務に案内をお願いして、
釧路町別保にある「マルトミ造園」を訪ねた。
ここは宏大な敷地に様々な種類の木が植えられていて、
自分の目で木をみて選ぶことができる。
自然の移ろいを実感できる広葉樹を中心に見て歩いた。
なかで一本、枝ぶりのいいヤマモミジが目についた。
少し捩くれた太い幹が逞しい生命力を感じさせる。
予算をちょっとだけオーバーしていたが、
一目惚れに近い状態でこの樹を植えてもらうことにした。

2012年5月27日日曜日

きょうもまた羅臼の海

ダイビングがスポーツと呼べるかどうかは微妙だが、
これでけっこう体力を使う。
特に水温の低い海に潜った後はかなり疲れる。
きのう一日、2本合わせて2時間弱潜っただけで、
今日は腰を始め体中が痛む。
そんな思いをしても羅臼に潜る愉しみは、
海の魅力はもちろんだが、
定宿にしている民宿、
「旅の途中」の料理がとても美味しいこともある。
魚を食べるなら(東北もいいけど)やっぱり北海道、
それも道東に限るというのがぼくの独断と偏見だ。
大好物のギョウジャニンニクが毎日出るのも嬉しい。


で、痛む体に鞭打って今日も2本潜った。
水温が潜るたびに高くなっているところをみると、
温かい水が流れ込んできているのかもしれない。
ただし、水の透明度はほとんど最悪で、
ちょっと写真を粘ったりすると、
一緒に潜っている仲間を見失いそうになる。
写真はトクビレの仲間、アツモリウオの幼魚。
成体は鮮やかな紅色の魚だが、
なぜか子どもの時は白かったり、黒かったりする。


こちらはクマガイウオの♂。
きのうのブログに掲載していた写真は♀である。
魚の仲間にはよくあるのだが、♀の方が♂よりでかい。
鼻先にある「角」も♀の方がはるかに立派である。
(イメージ的には逆で♂に「角」がありそうだが…)
顔も心なしか♂の方が可愛い気がするのだが、
どうだろうか。


春は繁殖の季節である。
これはその名もラウスカジカ。
まさにいま潜っているこの海域で、
ガイドの関勝則さんが発見した新種である。
写真を撮って、後でよく見たら卵を守っていた。
卵はすでに発眼している。
肉眼で見ているときには気がつかなかったのだから、
老眼というのも情けないものである。


こちらはホヤについていたモエビの仲間。
全長が2cmもない小ささで、体は透明だから、
これもカメラのAFまかせで撮った。
後で現像してみたら、
お腹の中に銀色の卵が詰まっているのを発見。
例え肉眼では見えなくても、
写真を撮ることでダイビングを「二度楽しめる」。
…と、思うことにしよう。







2012年5月26日土曜日

知床・春の海に潜る

去年の6月以来だから
ほとんど一年ぶりで知床(羅臼)の海に潜る。
水温は水深20mで3.5〜4℃、思ったより温かい。
5月の連休あたりまで
この海域は零下の水温が続いているはずなので、
これでも急速に春が訪れているわけだ。
がっちりインナーを着込んで
ドライスーツに身を固めていくので、
この水温であれば全く寒さは感じずにすむ。


この季節に潜るのは久しぶりである。
ダンゴウオやホテイウオの稚魚はまだ姿を見せておらず、
海はトクビレの仲間のオンパレードだった。
「トクビレ」といっても
北の海に潜るダイバー以外はピンと来ないかもしれないが、
北海道の居酒屋などで
ときどきメニューにある「八角」の仲間だ。
といっても、
ピンと来ない人はやっぱりピンと来ないかもしれないw
上の写真はオニシャチウオといって、
なかなか精悍なフォルムが魅力的である。
体長は大きなものでは50cmくらいになるだろうか。


こちらもやはりトクビレの仲間で、クマガイウオ。
あまり泳がず海底を這うようにして動き回る。
短い距離を泳ぐ直前に背びれをピンと立てるのだが、
着地するとまた畳んでしまう。
背びれを立てた写真が撮りたくて、
しばらくのあいだ追いかけまわした。


こちらはコンブの上に乗っていたサイトクビレの稚魚。
体長が1cmちょっとで、
そのうえ体が半透明だからなんとも撮りにくい。
レンズはLeicaの45mmマイクロフォーサイス、
(35mmフィルムカメラに換算すると90mmだ)
明るいレンズだが被写体深度が浅いので、
カメラ(Olympus Pen Lite)のAFが悩みまくる。
これがたった一枚だけピンが来ていた写真。
(老眼なのでマニュアル・フォーカスではなお撮れない。)


こちらはナメダンゴの幼魚である。
去年、この海で生まれた、当年とって1歳児。
生まれたときには5mmかそこらの大きさだが、
一年で2cm大にまで成長した。
生まれた直後の姿は、去年のブログにちょっとある。
2枚目の写真がそう。
3年前のブログではベビーラッシュを記録している。
もうすぐ今年の弟や妹が産まれると、
入れ替わるように幼魚は深みへと去っていく。
今度戻ってくるのは産卵のためで、
そのときには5cm以上に成長しているはずだ。
ただし、成魚になると地味なオレンジ系の体色で、
この写真ほど鮮やかな紅い個体はいなくなってしまう。

2012年5月25日金曜日

北の春へ飛ぶ

今日から一週間の休暇で、
羽田から根室中標津空港に飛ぶ。
この2ヶ月は
仕事に追われて4日しか休んでいないので、
(それも、そのうち3日は先週になってである)
さすがに疲れが溜まっていて、
体以上に心のリフレッシュを必要としていた。
こういうときは、
ぼくの第二の故郷(?)である北海道に限る。



残念ながら本州上空は雲が多く、
ほとんど風景を眺めることはできなかった。
北海道上空にかかるころから晴れてきて、
摩周湖を裏の方からちょっと眺めることができた。


中標津は牧場の緑が眩しい。
山田洋次監督の1970年作品、
「家族」のラストシーンを思い出させる。
(あのラストも、よく晴れた春の中標津だった。)
着陸すると気温は17℃。
空気が大変清々しく、爽かである。
北海道、とりわけ道東は、
すべての生命が一斉に芽吹くこの季節が美しい。

これからバスで羅臼に向かい、
明日からは知床の海に潜る。
たぶん水温は0℃前後…きっと寒いだろうな。
なんだか「年寄りの冷や水」を絵に描いたような、
ぼくの休日が始まろうとしている。















2012年5月20日日曜日

目標1%


いうまでもなく視聴率の話である。
世間広しといえども、
こんな低い目標を掲げているテレビマンは
きっと俺しかいないだろうな、と自嘲してみる。
それも達成はほぼ不可能だろうと、
半ばは諦めかけているのだ。

予想されたことだが、
3.11の一周年を越えたあたりから、
「東日本大震災」の急速な風化が進んでいる。
被災地以外の人たちにとってすでに「過去」であり、
震災ネタはあたらないというのが
NHKと民放とを問わず
TV界の共通認識になってきているようだ。
取材現場でよく顔を合わせた民放のディレクターは、
「震災関係の企画が通らなくなった」とぼやいていた。

原発関係にしても
最近の関心は再稼働問題に移ってきているよう思える。
大変重要なテーマであるには違いないが、
その陰で被災地、被災者が忘れられていないか。
番組を見ていただければ判るが、
放射能に汚染された地域の状況は何も変わっていない。
南相馬市でも、
本格的な除染はいまだに始まらないままだ。
「変わらない」というのは、
被災者にとってみれば
実は「悪化している」ということに他ならない。
留まって除染を待つ人たちにとっては不安が長引き、
避難している人たちにとっては
不自由な生活のストレスが蓄積する。

事態が膠着している原因の最たるものは、
除染によって発生する
放射性廃棄物の処分場が決まらないことだ。
国が3年後(もう「2年後」か…)に作るとしている
中間処分場は全く目処が立っていないようだし、
市町村単位の仮置き場もなかなか決まらない。
ましてや「福島県外に作る」としている最終処分場が
本当にできると思っている人間など、
政府関係者を含めて誰もいないのではないか。
番組の完成後、
南相馬市では大規模な仮置き場の建設を事実上断念し、
自前で仮置き場を確保した地区(行政区)から
逐次除染を行なう方針に転換した。
南相馬市に130余ある行政区のうち、
今までに仮置き場を確保したのは4行政区にすぎない。
廃棄物をどこに置くのか、
地区の内部でも調整が難航しているのが現実で、
このままでは
いつまでたっても除染できないところが現われそうだ。

「ETV特集」は視聴率は低いが、
大変いいお客さん(視聴者)に支えられてきて、
「視聴質」は極めて高い番組である。
多くの方々の熱い支持があって初めて打ち切りを免れ、
難易度の高いテーマにも挑むことができた。
いま現在も、
複数のクルーが原発問題を追いかけて取材中だ。
「変わらない」ことを伝え続けるのは
常に「新しさ」を求められるテレビには辛いのだが、
風化させてはならないという思いに駆り立てられ、
ぼくたちはこれからも「現場」に通い続けるだろう。
東北を忘れず、
被災者目線で「伝え続ける」ために、
一人でも多くの方に番組を見ていただきたいと思う。



2012年5月19日土曜日

伊豆の海 movie

おととい潜った伊豆の海の動画を編集したのでアップする。
きょうは休日だというのに、
パソコンと首っ引きでまた編集をしている。
もしかしてバカじゃないだろうか、と自分で思う。

video

ダイビングの動画は
1分以内に編集するというルールを自分で決めた。
できるだけカットを短く切ろうと心がけている。
それでも、
当今のビデオクリップのようにテンポよくはつなげない。
テンポよりも、カットの生命にこだわってしまう。
そのカットが「生きている」限りは、切りたくないのだ。
せっかくの休日に、
そんなことを考えながら何だかかんだかやっている。
やっぱりバカだと、自分で思う。


2012年5月17日木曜日

爽快! 春の海

仕事が終わったので、休暇を取って海に潜りに行く。
2ヶ月ぶり、今年二回目のダイビング。
場所は東伊豆、伊豆海洋公園。
例によって重い14リッタータンクを背負って入る。
海に雪融け水が流れ込む春は、
「春濁り」といって水質が悪いのが常だが、
深いところに行けばスキッと水が抜けて爽快である。
調子に乗って思わずウン10メートルを超えて潜って、
いかんいかんと反省しながら上がってくる。



きょうの圧巻はタカベの幼魚の群れ、
海から湧いてくるのではないかと思うほどの大群が
目の前を猛スピードで泳ぎ抜けていく。
ムービーも撮ったので、編集して後日公開するとしよう。


これはウミタナゴの群れ。
お腹がぷっくり膨らんでいるのは、みんな妊娠中の♀だからだ。
ウミタナゴは魚類には珍しく胎生である。
お腹から稚魚が、それも尻尾から生まれてくるという。
つまり、逆子だ。
ゆっくり粘って観察すれば誕生の瞬間に立ち会えるかもしれない。


こちらはマトウダイ。
30cmほどありそうな、なかなかの大物である。
伊豆でマトウダイを見たのは初めてのような気がする。
この魚は食用になる。
食用といえば、
鯵も「ジンタ」と呼ばれる幼魚、
酢で〆て鮨に握れば美味しそうなサイズが泳いでいた。



浅場にいたコブダイ、60cmくらいはありそうだ。
好奇心旺盛というか人懐っこいというか、
しばらくまとわりついてきた。
歯が鋭いので、あまり近くに寄られるとちょっと怖い。

水温は底で16〜17℃。
二本とも1時間以上潜ったので、
5mmのウェットスーツではちょっとばかり寒かった。
海を満喫して、明日はほとんど一ヶ月ぶりで仙台に帰る。


2012年5月15日火曜日

ETV特集「除染と避難のはざまで」


きょうは鹿島綾乃アナウンサーでナレーションの収録。
ここまでくれば番組は「できたも同然」で、
明日、字幕を入れれば、それで完成ということになる。

去年の夏に仙台に転勤して以来、
ほとんど南相馬に通い詰めだったから、
当然、出来上がった番組には個人的な思いがこもっている。
政府や東電のやり方には、腸煮えくり返る思いもある。
だが、ぼくは何よりまず「報道者」なので、
アジビラの如き下品な番組にはしなかったつもりだ。

いま、政府は、
「年間20mSvは安全」を前提に政策を展開しつつある。
一方で児玉龍彦先生らは安全基準をもっと低く考えている。
ぼくは如何なる意味でも「科学者」ではないので、
安全論争に科学的な判定を下す力があるはずもない。
だから、その点についてはニュートラルである。
ただ云えることは、
例え20mSvが「安全」だったとしても、
それを甘受するよう求められる謂われはないということだ。
例え話で恐縮だが、
自分の庭にゴミを撒き散らかされて、
このゴミは安全だから我慢しろと云われる道理はない。
安全だろうが何だろうが
不愉快だからあんたの責任で撤去してくれというのは、
庭にゴミを撒き散らかされた人間にとって当然の権利だ。
それが世間の「常識」というものであり、
ぼくはその「常識」に依拠すべきだと考えた。

福島原発事故において、
「安全論争」に終始していたのでは本質を見誤る。
「常識」が「常識」として通用しないとすれば、
それは世の中が歪んでいるからだ。
ぼくは番組のなかで、
「もし原発事故が起きなければ」というナレーションを
前後3回にわたって繰り返した。
原発事故によって、
どれだけの人たちの人生が変えられてしまったことか。
起こってはならなかったことを引き起こした人々の責任は
決してないがしろにしてはならない。
報道に携わる人間が徒らにワケ知り顔をすることはない。

2012年4月29日日曜日

南相馬 春の哀しみ

今朝は6時起きで南相馬(ロケ)に向かう。
昨夜は遅くまで、
フラッシュ映像(ニコニコ動画)を
ファイルでダウンロードしようとして悪戦苦闘。
結局、うまくいかずに諦めて寝たが、
睡眠時間は4時間ほどしか取れなかった。
従って、ひどく眠い…。




1週間ぶりの南相馬は、すっかり春の陽射しだった。
暑くて、上着など着ていられるもんじゃない。
出演者であるMさんのお宅の庭には、
水仙やユキヤナギ、
菜の花、チューリップなどが思い思いに咲き乱れている。
原発事故以来、
庭の手入れをする心の余裕がなく、
荒れるままになってしまったとMさんはいうが、
春を待った生命力が一気に爆発する鮮やかさが眩しい。


Mさんはきょう庭の柿の木を伐った。
幹に放射性物質がこびりついているのが心配だし、
実がなっても食べられる状態ではないので、
思い切って伐ることにしたという。
樹齢は推定60年。
40代半ばのMさんが生まれる前から家にあって、
幼いころは登って遊んだ木だという。
家の宝だった木が切り倒されていく様子には、
端で見ていたぼくも胸が痛んだ。


いうまでもないことだが、
原発事故がなければこんなことにはならなかった。
春になって自宅周辺の放射線量が上がり始めていると、
Mさんは心配している。
隣の相馬市に仮設住宅を借りていて、
3人の子どもたちはできるだけ
そちらで過ごさせるようにしている。
明日は玄関前の植え込みを伐る予定だ。


2012年4月28日土曜日

GWはモツ焼きで…

きょうからGW(ゴールデンウィーク)。
ぼくは相変わらず仕事(編集)で、
通勤のため原宿駅に降りたら人出が凄くて、
ようやく世間は連休に突入したことに気づく始末。
天気が良く、暑いくらいの陽気で、
いよいよ窓もない密室に籠るのがユーウツになった。

それでも20時過ぎに仕事を終えることができたので、
相棒の「ほっちゃん」と、
以前にも書いた高田馬場のモツ焼き屋「みつぼ」へ。
月曜日にも行ったので、今週二回目だ(笑)。


山手線のホームから見ると
店の外まで客が溢れているのが判る。
いつも客が多い店だが、今夜はとりわけ凄い。
GWにモツ焼きを喰いたくなる日本人が
こんなに多いとは思わなかった。
一番外側、というか、
ほとんど道路にはみ出した席に陣取る。
「席」とはいっても、
ビールのケースを積み上げたうえに
一枚の木の板を置いただけのもの。
背中のすぐ後ろを車が走り過ぎるのが、一寸怖い。


いつものように
まずモツ刺しの5種盛り合わせ・750円を注文。
このご時世に生肉を出し続ける、
強気の営業姿勢が素敵だ。
一口食べれば鮮度抜群なのは明らか。
食中毒を恐れて人間やってられっかと嘯きながら、
ぐいッとビールを呷った。旨い。
GWも仕事で潰れるんだ、
モツ焼きぐらい喰わなきゃやってられっか。

2012年4月21日土曜日

石神第一小学校の桜


南相馬市の石神第一小学校で行われた
児玉龍彦東大教授の講演会を撮影に行く。
児玉先生も石神一小も去年の夏から撮り続けているが、
両者の“出会い”は実は今日が初めてである。
二つの河の流れがここで合流したようなものだ。

石神第一小学校の校庭には
二本の桜の古木が満開の花を咲かせていた。


校長先生によれば、
この学校のシンボル・ツリーなのだという。
なんとも風格のある双子の桜…
ここで学んでいた子どもたちの半分以上は
いまも南相馬を離れて避難生活を送っているが、
桜は放射能禍を乗り越えて、今年も咲いた。


仙台の桜はまだまだこれからで、
明日からは1ヶ月の東京出張だが、
東京の桜は既に終わっている。
今年は花見はできないかと諦めていたのだが、
南相馬で極上の桜と出会った。

先日来このブログにも書いているように、
「除染」は廃棄物の仮置き場問題で座礁している。
しかし、児玉先生は前向きだ。
障害につきあたるのは動き始めている証拠で、
放射能との戦いは
ひとつひとつ障害を乗り越えていく
「ハードル競走みたいなもの」だという。
住民との話し合いのなかでも
終始笑顔でいた先生の明るさが印象的だった。





2012年4月20日金曜日

奥尻島復興の記録

一昨日も書きましたが、今夜放送です。


東北Z 災害から未来へ
「駆け足の復興  その光と影 〜北海道奥尻島〜 
4月20日夜8時放送(43分)

東北地方限定の放送で、
ご出演いただいた方々には見ていただけない、
悲しい宿命(?)の番組です。
東北にお住まいのみなさん、
滞在中のみなさんは、
御覧いただければ幸いです。

時間をきちんと計ったわけではありませんが、
たぶん番組の半分以上が
NHKに残された過去の映像です。
札幌放送局や函館放送局の資料庫を引っ繰り返して、
保管されていた未編集映像を探し出し、
現在の視点で再構成しました。
こういう番組を作ると、
状況を映像記録として残すことの意味を痛感します。
ぼくがいま撮影している、
例えば南相馬や飯舘、福島市の状況も、
(なかなか未編集素材で残すことはできませんが)
未来の誰かによって
再構成されるときが来るのかもしれません。
その日のためにも、
心してきちんとした記録を残しておこうと思います。