2016年11月30日水曜日

夕焼け日記

11月18日に釧路に帰ってきて、
相変わらず毎日のように夕日の写真を撮っていた。


11月20日の夕暮れは、淡いパステル画のような色調だった。


それが、陽が沈んでいくにつれて色彩感を増してきた。


同じ日の残照。
太陽が沈んだ後、
空の色が少しずつ変化していくさまに見惚れる。

晩秋の釧路は日ごとに空気の透明感を増していく。
寒く冷え込んだ日の黄昏はひときわ烈しく燃え、
暖かい日はどこかぼんやりした穏やかな夕日になる。
雲の表情も日によって違うので、飽きない。
思えば、釧路の夕日を好んで撮るようになってから、
もう35年の歳月が過ぎていった。
別の街で仕事をしていた時期が長いので、
いまのように連日、夕日を撮っていたわけではないが…。


11月23日の夕焼けは茜色に染まった雲がきれいだった。


11月25日は青空が広がった。
地平線に近い雲だけが黄金色に染まっていた。

ここしばらく、
OlympusのOM-D E-M5に
フォクトレンダーや
コーワのレンズを装着して使うことが多かったが、
今回は久しぶりにSigma dp2 Quattroを持ってきた。
Olympusの使いやすさ、軽快さに慣れていたので、
久しぶりに使うと如何にも使いにくい。
照明条件によっては液晶画面がほとんど見えないから、
水平や構図など細かいところは現像で修正することにして、
おおよその山勘に頼って撮るしかない。
現像もシグマ独自のソフトを使うしかなく、
これがまた嫌になるほど動作が鈍重なのである。
しかし、
苦労して撮った写真の仕上がりは他の追随を許さない。
釧路の黄昏どきの色彩感、空気感をこれほどまで濃密に、
鮮烈に表現してくれるカメラをぼくは他に知らない。


11月28日は空が燃えているよな夕焼けだった。
川の対岸が空襲でもされたか、
ゴジラに襲われたかのように見えた。
とてつもなく美しいが、どこか不吉な夕空だった。


きのう(29日)は雲が重く、
雲が切れた地平線のところだけが赤く染まった。
きょうは薄い靄のような雲がかかって
随分ぼんやりとした夕暮れになったので撮影はしなかった。
釧路で2週間を過ごして、明日、東京に戻る。











2016年11月10日木曜日

NHKスペシャル「調査報告 膨らむコスト」

録画しておいたNHKスペシャル
「調査報告 膨らむコスト」(11/6放送)を見た。
福島原発事故をコスト面(補償・除染・廃炉)から検証したもので、
ぼくもよく知っている後輩たちが担当した番組。
内輪褒めとは思われたくないが、大変優れた番組だった。

感心したのは、入手したデータを基に語る実証的な手法である。
この番組は、
事故当時の民主党政権で
官房副長官に就任した仙谷由人氏らが導入した
東京電力を破綻させず公費を投入するというスキームが、
自民党の政権復帰とともに変質していく過程をトレースしている。
当初は混乱を回避し
被害者の救済を迅速に行うための緊急避難的政策だったのが、
いつのまにか
事故を起こした東電の経営支援策にすり替えられていったのである。
東電は毎年、
利益の半分に相当する金額を国に返済するはずだったのが、
実際には経常利益に対する返済金の割合は減っているという。
国は東電に厳しく返済を迫るどころか、
逆に税金と電気料金に上乗せするかたちで国民負担を増やしている。
国民の多くが知らないところで、
公の資金が事故に責任を持つ私企業に注ぎ込まれているのである。
政策目標がいつのまにか
「被害者救済」から「電力会社救済」に変わったのがよく解る。
実に不明朗な、民主主義の原則に悖る話である。
その変質はぼくも感じていたことだが、
番組がデータと証言で明らかにしたことで改めて納得がいった。

番組論として言えば、
エピローグの浪江町津島のシーンは要らないと思った。
ぼくもそうだが、
TVのディレクターは
こうした人間系のエピソードを入れることによって、
視聴者の琴線に触れ「共感」を得ようとする。
しかし、この番組の場合は、
ドライなデータに徹した方がよかったのではないか。
番組が指摘したように、
原発事故のコストを負担するのは、
全国の、それも次世代まで含めたすべての国民である。
そういう意味では、
すべての国民が原発事故の当事者であり、かつ「被害者」だ。
せっかくそこまで指摘しておきながら
ラストに「苦悩する福島の人たち」を登場させたのでは、
「福島の人たち=犠牲者」という
ありがちなイメージに番組が収斂しかねない。
これは理屈ではなく、映像から受ける印象の問題だ。
テレビとは、そうした特質を持つメディアなのである。

さて、ここからしばらくは番組とは直接関係しない話である。
この番組が的確に指摘したように、
原発事故がいったん起きてしまえば、
そのコストは民間企業が負うことができる範囲を遙かに超える。
しかし、その事実は、
福島原発事故があって初めて明らかになったことではない。

アメリカでは原子力発電を実用化するにあたって、
事故が起きた場合の影響やコストを試算した(1957年・WASH740)。
その結果、
原発事故のコストは民間企業では負担しきれないことが判明。
同年、プライス=アンダーソン法を制定し、
一定金額を超えるコストは国家が負担することにして、
原発の建設を促進しようとしたのである。
そうでもしなければ企業は原発に手を出そうとしなかったわけで、
アメリカ政府としては、
米ソ冷戦、核兵器開発との関係で、
事故時のコストを負担してでも原発を推進したい理由があった。
つまり、原子力発電は、
既にそのスタート時点において
経済的にペイしないことが明らかになっていたのである。

原子力発電が日本に導入されるにあたって、
日本では原発と核兵器開発とは切り離されているため、
国家が経済的な負担をしてまで原発を推進すべき理由がなかった。
これはぼくの推論だが、
そのため生み出された「嘘」が
日本では過酷事故は起こらないという
いわゆる「安全神話」だったのではないか。
「事故が起こらない」なら
「事故のコスト」を算定する必要はないからだ。
こうした「嘘」に
「原子力は安上がりのエネルギー」だという
いまとなっては事実に反することが明らかな「嘘」を上塗りして、
日本の原子力開発は推し進められてきたといっていい。

意外に思われるかもしれないが、
NHKスペシャルのなかで
自民党の大島理森氏が苦しげに主張していた、
日本社会は原子力発電を容認してきたのだから
事故のコストもすべての国民が分担すべきだという意見に
ぼくは基本的に賛同する。
もちろん、
不幸にして起こってしまった福島原発事故の後始末の範囲でである。
東電が可能な限りの負担をするのが前提なのは言うまでもない。
また、万一の事故への備えや廃炉に要する費用など、
本来必要なはずのコストをきちんと算定してこなかった
電力会社の経営支援に公費を投入するなどもっての外の話である。

NHKスペシャル「調査報告 膨らむコスト」は、
水面下で進むコストの国民への付け替えという事実を指摘した上で、
情報公開を進め、
負担に関する国民的なコンセンサスの形成を図るべきだと主張する。
そのメッセージに全く異存はない。
しかし、ぼくにはもうひとつ言っておきたいことがある。
「日本の原発では過酷事故は起こらない」だの、
「原発は経済的なエネルギー」だの偽りのキャンペーンを繰り広げ、
言わば国民を欺きながら原発を推進し、
福島原発事故を招いた責任をはっきりさせるべきだと思う。
騙された国民が責任をとって事故処理の費用を負担するのである。
騙した側が無傷で逃げおおせるという法はあるまい。

2016年11月5日土曜日

相変わらず、飽きもせず…

相変わらず、ほぼ毎日、釧路の夕日を撮っている。
昼めしを食べて買物に行くと、
ちょうど帰りに夕日が沈む時間にぶつかる。
この時期は15時30分頃には空が夕焼けに染まる。

 11月1日、よく晴れた(Nokton)

データを見ると、上の写真を撮ったのが15時55分。
東京に比べると1時間ほど日没が早いのではないか。
昔、釧路で仕事をしているときには泣かされた。
15時半に夕焼けでは、外での撮影に使える時間が短すぎるから。

 1日・陽が落ちて川面の残照が美しかった(Nokton)
1日・岸壁の釣り師たち(Nokton)

マイクロフォーサーズ用のレンズとしては、
Sigmaに19mm、30mm、60mmのそれぞれF2.8がある。
35mmフィルムカメラに換算すれば、
38mmの準広角、60mm標準、120mm中望遠のレンズである。
どれも1万円台と安価で、コスパに優れたレンズだ。
120mm相当の中望遠は長いあいだ使ったことのない画角だが、
これも楽しめるレンズである。
カメラを始めた頃(40年近く前になる)
Nikonの135mmを使っていた記憶があるが、
それ以降は85mmとか90mmばかりで、
あらためて120mm相当のレンズを使うとなかなか新鮮である。
Sigmaらしくシャープで鮮明な描写、その一方でボケもきれいだ。

2日・幣舞橋の四季の乙女より「春」(Sigma)
2日・黄昏どきのMOO(Sigma)
4日はどこかぼんやりとした夕陽だった(Sigma)

きょう(5日)は予報通りの雪になった。
夕焼けは全く染まらず、ぼくはのんびりと買物をした。

2016年11月4日金曜日

駆け足で冬がやってきた。

(10月27日の我が家)

北国の冬は駆け足でやってくる。
先月27日に羽田を飛び立ち、
釧路空港に着いたのが午後1時。
そのときの気温が10℃を割り込んでいたので震え上がった。
それから1週間あまり、
あっというまに季節は晩秋から初冬へと移ろっていった。

(10月27日・モミジの終わり)

我が家の玄関の前には4年前に植えたヤマモミジがある。
今年は台風に直撃されるなどして、
紅葉はきれいに染まらないだろうとは思っていた。
ぼくが帰ってきたときには
かろうじて枯れ色になった一群の葉が残っていただけだった。

(10月31日・突風)

秋から冬にかけての釧路はよく晴れた日が続く。
(放射状冷却といって、快晴の日ほど寒くなるのだが。)
今年も晴れた日が続いていたのが、10月31日に崩れた。
朝から小雨混じりの突風が吹き荒れ、外に出る気にもなれなかった。
モミジや裏庭のハルニレ、ヤチダモの葉が一気に散っていった。

11月1日、再び晴れた。
しかし、前回の日記にも書いたように、
すでに手袋がなければ我慢できないほどの寒さになっていた。
いつものように幣舞橋で夕陽の写真を撮ってから、
食材を買うためスーパーマーケットに向かった。
その途中、かつての繁華街・北大通でビルの解体現場を見た。

(11月1日・解体現場)

ここは、ぼくが若い頃は「釧路デパート」という百貨店だった。
百貨店が潰れ、その後、様々なテナントが流転したが、
数年前から空きビルになっていた。
いま釧路では廃ビルや廃屋の解体がやけに目立つ。
衰退する地方都市の典型みたいな街だから、
そうそう新しい土地のニーズがあるとも思えない。
空き地ばかりになってしまうのではないかとちょっと心配だ。

(11月3日・終日雨)

3日、また雨になった。
冷たい雨が降りしきる、寒くて鬱陶しい祝日。
玄関前のヤマモミジは最後の一葉まで散って丸裸になった。
家の周りから緑が急速に消えていく。

(11月4日の我が家)

きょうはよく晴れた。
天気がいいので思わず外に出ると、
風の冷たさはまさに身を切られるほどだった。
気がつけば、
一週間ほどのあいだに風景がまるで変わってしまっている。
一番上の写真と比べてみてほしい。
画面右側のヤチダモなど、葉が完全に枯れ落ちてしまった。
昼めしを食べに行った駅前のラーメン屋で、
「寒くなりましたねえ」とおばちゃんに挨拶される。
朝は0℃近くまで冷え込んだはずだ。
「雪がチラついてましたよ」とおばちゃんはいう。
久しぶりに食べた熱い札幌ラーメンが美味しかった。
「宝龍」というこの店は、ぼくが二十代の頃からあった。
周囲の店が次々になくなるなか、ぽつんと残っている。
ぼくはたぶん、
三十年ぶりぐらいで「宝龍」のラーメンを食べたことになる。

我が家は南側がほぼ全面窓なので、
天気が良ければ温室のようなもので暖かい。
夜になって冷え込んできたのでストーブをつけようとしたら、
きちんと燃えてくれない。
原因は灯油切れで、文字通りの油断だった。
寒くて家にいる気にはなれないので、これから飲みに出るつもり。
思えば、若い頃、下宿していた家が古くて隙間だらけで、
ストーブを点けてもなかなか暖まってくれない。
それで毎晩、飲んで体を内側から温めて帰る癖がつき、
ずいぶん酒に強くなってしまって今日に至る…。
明日は雪になるという予報である。









2016年10月31日月曜日

飽きもせず…

飽きもせず…釧路の夕陽を撮っている。
10月も末になると日ごとに寒さが増して、
それにつれて空気の透明感、鮮烈さも増してくる。
夕陽が美しい季節がやってきた。

27日 釧路港には巻き網漁船が停泊している(Nokton)

今回は愛用のSigma dp2ではなく、
Olympus OM-D E-M5ⅡとNokton25mm、Prominar12mmを持ってきた。
35mmフィルムカメラに換算すれば、標準と広角レンズである。
秋から冬にかけての釧路の鮮烈な空気感を写し取る点では
Sigma dpに及ばないとは思うが、
大変使いやすいカメラであり、表現力のあるレンズだ。
Sigmaほど逆光時のハレーションが出ないのは、
夕陽を撮るときのアドバンテージになる。

28日 秋の雲は表情豊かだ(Nokton)
28日 釣瓶落としの秋の日(Nokton)

木曜日に釧路に帰ってきたのだが、
昼過ぎで気温が10℃を割り込んでいるので震え上がった。
ぼくの場合、
抗がん剤(分子標的剤)の副作用で、
冷たいものに触れたりすると指先が痺れる。
釧路は空気そのものが冷たいのだから、盛大に痺れまくる。
今回は血小板が基準以下に減っていたため、
月曜に予定していた抗がん剤の点滴が火曜にずれ込んだ。
点滴を受けて二日後に晩秋の釧路というのはさすがにキツイ。
それでも、懲りもせず、夕方になると歩いて幣舞橋まで出る。
指の痺れを我慢しながら、毎日違う夕暮れの表情をカメラに収める。

29日 幣舞橋の彼方の沈む夕日(Nokton)
30日 たぶんサンマ棒受け網漁船(Prominar)
30日 残照の釧路川(Prominar)

東京がまだ暖かかったので手袋を持たずにきた。
指先の痺れは点滴後一週間かそこらで消えるはずだが、
それまで我慢できず、amazonに安い革手袋を注文した。




2016年10月21日金曜日

ETV特集「事態を侮らず 過度に恐れず」…明日放送

ぼくがNHKを離れ、
フリーになって最初の番組が明日夜放送される。
もっとも、
放送枠は長く馴れ親しんだ「ETV特集」で、
カメラマンは何人も替わったがよく知っている奴ばかり。
編集はいつもの「ほっちゃん」で、
ナレーターはここ数年、
ぼくの番組のほとんどを担当してくださっている濱中博久先輩。
プロデューサーは仙台時代からの同僚・鶴谷邦顕(さん)なので、
まぁ、あまり代わり映えのしない気分(笑)ではあった。

番組は放射線防護学者の安斎育郎さんら
「福島プロジェクト」の活動を追いかけたもので、
去年春に放送した「終わりなき戦い」の言わば続編である。

放射線防護学者・安斎育郎さん(76)
GPSと結んだ線量計を持って歩きまわり、空間線量を面的に把握する。

去年の秋から撮り始めて一年がかりで作ったものだが、
さすがに「終わりなき戦い・2」というわけにもいかず、
「事態を侮らず 過度に恐れず」と題した。
原発事故と対峙する福島プロジェクトの基本方針、
「事態を侮らず 過度に恐れず 理性的に向き合う」からとった。

飯舘村の除染廃棄物仮々置場での調査風景

ぼくがこの番組で視聴者に知ってほしかったことの第一は、
放射能汚染の「まだら模様」という他ない現実である。
番組を見てくださると解るが、
同じ「福島」といっても放射能汚染は地域によって全く違う。
地上1mで測った空間線量率が
1時間あたり0.1μSvを割り込むような地域、
安斎さんの言葉を借りれば
「京都の自然放射線による被ばくと殆ど変わらない」ところから、
地上1cmで毎時100μSv近い強い汚染を残す地域まで様々である。
それも事故を起こした福島第一原発からの距離に関わりなく、
汚染された場所と殆どされていない場所が混在しているのが厄介だ。
現実は「福島」の一言で一緒くたにできる状態では全くない。

飯舘村。来春に予定される帰還を前に除染作業が進んでいる。

放射線の「危険」を語るにしても、
あるいは逆に「安全」を語るにしても、
「福島」という大括りの主語で語るのでは現実離れした議論になる。
最近、原発事故の「安全」と「危険」に関する論議が、
ひどく大雑把に両極化している気がしてならない。
まず価値判断抜きに現実を客観的に見つめることから始めよう、
という安斎さんらの主張にぼくは強く共感をした。
いくら低線量被ばくの危険性をめぐる空中戦を戦わせていても、
置き去りになるのはそこで暮らす住民たちなのである。
客観的にみれば汚染の少ない地域で生活する人たちですら
どれだけ日々不安に呵まれているかは、
他の地域の人たちの想像を絶するものだろうと思う。
そして、それは、
いくら政府や東電、専門家が「安全」を叫んでも解消はされない。
それだけの不信感を残したのが福島第一原発の事故に他ならないから。

もうひとつ伝えたかったのは、
帰還困難区域など線量がいまなお高い地域に暮らす人々の思いである。
福島第一原発から30km近く離れているにも拘わらず、
強い汚染に晒された浪江町津島。
そこで生活してきた今野秀則さん(68)はぼくのインタビューに答え、
次の言葉を執拗なほどに繰り返した。

「地域の生活の一切合切を奪っていくのが原発事故なんです」

津島はいまも帰還困難区域に指定されたままで、
人が住めるようにする除染計画すら具体化していないのが現実である。
それでも、原発事故の被害は「残存する放射能汚染」だけではない。
例え放射能汚染の問題を早期に解消できたとしても、
二度と元には戻らないものがある。
全国に50基を超える原発を抱えた日本列島の住民、
むしろ福島以外の人たちに一人でも多く見てほしい番組だと思っている。


ETV特集

事態を侮らず  過度に恐れず

〜「福島プロジェクト」の挑戦〜

10月22日(土)夜11時放送 Eテレ





2016年10月20日木曜日

ぼくが鳴子温泉が好きなワケ。

鳴子温泉が好きで、毎年訪れている。
一昨日でNHKから委託されていた仕事が終わったので、
昨日さっそく鳴子温泉を訪ねた。
東鳴子や川渡、中山平を含む鳴子温泉郷こそ、
日本一の温泉郷であると信じて疑わないのである。
その理由は三つある。

一つには、当然のことだが、泉質が素晴らしいこと。
もちろん他にも草津温泉や川湯温泉など
泉質の素晴らしい温泉があるのは百も承知である。
鳴子の凄いところは、宿のほとんどが自家源泉を持ち、
しかもそれが全く泉質が違うという点にある。
以前も書いたが、
公衆浴場の「滝の湯」は強酸性、
隣接する旅館「ゆさや」はアルカリ性、
隣同士で全く泉質が違うというのが凄い。
ぼくが泊まった「東多賀の湯」は弱酸性の白濁した湯。


硫化水素臭にわずかに重油っぽい油臭さが混じる。
それに対して、
きょう入った公衆浴場の「しんとろの湯」は
Ph9.4の強アルカリ性で全身がつるつるになる。
かみさんなら「美人になる」と随喜の涙を流すことだろう。

二つ目は、鳴子特産の米「ゆきむすび」の美味しさ。
低アミロース米というがぼくにはよく解らない。
でも、とにかく粘り気が強く、甘みがある。
とても美味しい米である。
「東多賀の湯」が
自家田で栽培したゆきむすびを宿泊客に譲ってくれるので、
ぼくは毎年、この宿に泊まって米を買っていく。
この米の美味しさに魅入られたかみさんが、
ぼくが一人で温泉に行くのを快く許してくれるのだw

三つ目には、これは季節限定だが、紅葉の美しさ。


JR東日本の観光ポスターでも毎年お馴染の風景でもある。


今回はピークには一週間ほど早かったが、
それでも、ぼくは夢中になって写真を撮った。




一度、紅葉がピークを迎える10月下旬に
宿を替えながら何泊かゆっくり訪れてみたいものだと思う。
現役を離れたから、来年は可能になるだろうか?

2016年10月17日月曜日

「ふるさと納税」で行った四万温泉

仕事が実質的に終わったので、
とてもゆったりした気分で
かみさんと二人、静養のため群馬県の四万(しま)温泉を訪ねた。
もっとも、ぼくにとって番組を作り終えるということは、
失業者、年金生活者に戻るということに他ならないのだが…。

行く先を四万温泉にしたのは、
四万温泉のある中之条町の地域振興券で宿泊費が賄えるからだ。
最近は「ふるさと納税」がちょっとしたブームで、
実質2500円の負担で地元産の返礼品を受け取ることができる。
納付額の半額に相当する地域振興券が貰える中之条町も
お得な納税先のひとつとして全国的に人気がある。
25歳の息子が去年、中之条町に納税して、
返礼品として受け取った地域振興券をプレゼントしてくれた。
こう書くと実にもって親孝行な話のように聞こえるが、
本当のところはかみさんが
「2500円で親孝行できるんだから、あなたやりなさい」と
面倒臭がる息子に半ば強要した結果である(笑)。

四万温泉を訪れるのはこれで三度目。
ぼくたち夫婦が気に入っている温泉地のひとつである。
JR高崎線で中之条駅へ到着して、そこからバスで温泉に向かう。
時間があったので
途中下車して「四万の甌穴(おうけつ)」に立ち寄った。


甌穴とは、
(かみさんがネットで調べたところによれば)
川の流れが渦巻き状になって石や砂が同じところをぐるぐる循環、
川底の岩盤に触れて侵食してできた丸い穴のことをいうそうだ。



数万年もの長い月日をかけてできたものである。


まだ紅葉には少し早いが、渓谷沿いの道は気持ちがいい。
四万の甌穴から写真を撮りながら20分ほど歩くと、
宿泊予定の柏屋旅館である。


柏屋旅館には無料の貸切露天風呂が三つあり、
そのなかの「月乃湯」は源泉掛け流し。


泉質はナトリウム・カルシウム–塩化物・硫酸塩泉。
ph7の中性の温泉である。
他の二つの露天風呂は源泉掛け流しと循環式の併用で、
気のせいかもしれないが、お湯の鮮度が違うように思う。

夕食は部屋食で、地元産の野菜料理が中心。
季節の野菜の温泉蒸しにバーニャフレッダソースを添えたもの、
刺身こんにゃく、かぼちゃ豆腐、
小蕪と群馬産の麦豚煮(胡麻出汁)、
それに赤城鶏と県産野菜のお鍋などが供された。
大変美味しく、酒の肴としても、これが思いのほかイケるのだ。
といっても、珍味系の肴のようにがぶがぶ飲むわけではないので、
かみさんの機嫌がいいという、思わぬ相乗効果(?)もある。
むかごと秋鮭腹子飯(釜めし)でしめるのだが、
刺身が出なかったことにぼくは宿の“見識”を感じた。
四万温泉のような山の宿に泊まって鮪の刺身が出たのでは、
それが鮮度のいいものであってもがっかりしてしまう。
山に行ったら山のものを食べたいというのがぼくの評価基準で、
そういう意味で柏屋の食事は極めて高得点である。
かみさんも「ヘルシーで美味しい」というので上機嫌。
従業員のみなさんのサービスも距離感がほどよく、
一泊一人16500円と宿泊費もリーズナブル。
ぼくら夫婦にとってまた来たい宿のひとつとなった。

もっとも、かみさんは東京に帰った途端、
「来年は草津温泉をお願い」と息子におねだりをしていた。
中之条町の成功に刺激されたのか、
今年の「ふるさと納税」では
草津温泉のある群馬県草津町でも
納税額の半額相当のふるさと振興券を用意したという話だ。

2016年10月15日土曜日

西荻窪六童子

きのう番組のナレーション録りが終わった。
ナレーターはいつものように先輩の濱中博久さんにお願いした。
ナレーションを入れ終わると、
番組作りのクリエイティヴな部分は終わる。
だからホッとして、肩の力が抜ける。
数ヶ月かけた番組を仕上げた充足感と解放感で満たされる。
そして、きょうは休日。天気は快晴。こんなに幸せな日はない。

散歩を兼ねて「西荻窪六童子」の撮影に出かけた。
西荻窪には、
「せんとくん」で知られる薮内佐斗司氏による童子像が六体ある。
二体は我が家から駅に向かう途中にあるので毎日のように見る。
「せんとくん」は少々不気味だったが、こちらはなかなか可愛い。
西荻に越してきて1年3ヶ月ほどになるが、
童子が6人いるのを知ったのはついこのあいだのことである。
せっかくだから、すべてカメラに収めようと考えた。
カメラはOlympus OM-Dにしてレンズを2本、
フォクトレンダー(コシナ)のNokton25mm F0.95の標準レンズ、
コーワのProminar12mm F1.8の広角レンズを持って出た。
まず、我が家から一番近い西荻南児童公園の「おすもう童子」。
続いて西荻窪駅南口にある「花の童子」を撮る。

花の童子(Nokton25mm)

西荻窪のゆるキャラはピンクの象で、
この日もそれらしい着ぐるみが
「花の童子」の前で子どもたちに話しかけていた。
童子が象に乗っているのは何か関係があるのだろうか?

この「花の童子」像の前に六童子の案内板があるので、
あとの4体はそれで場所を確かめるつもりでいたのだが、
風雨に晒され剥げていてよく読めない。
やむなくインターネットで童子像が設置されている場所を調べ、
地図で確認しながら歩くことにする。
西荻窪駅を北口に抜けて、
駅前の通りをななめ左側に進むと西荻北中央公園がある。
そこにあるのが「龍神童子」。

龍神童子(Nokton25mm)

ぼくはこの像がとても気に入ったのだが、
公園の奥まったところにあって目立たない。
狭い公園にも拘わらず、しばらく探すハメになった。
天気のいい休日とあって公園は親子連れで賑わっていたが、
公園をうろうろする初老の変質者に見られなければ幸いである。

大朝露童子(Nokton25mm)

公園横の角を右に曲がってしばらく歩くと大きな欅の木がある。
そこを左に曲がったところが井荻公園。
そこに「大朝露童子」像があった。
正面から撮ろうとすると住宅がバックになるし、
植え込みに邪魔されて顔がきちんと見えるアングルがない。

続いて荻窪中学横のバス道路、
いたって殺風景な場所にあるのが…

縁結び童子(Prominar12mm)

ネットの案内には「地蔵坂」とあるが、
坂からは少々ずれた場所にあるのでしばらく探した。
なかなか表情のいい童子像だが、設置場所が少々気の毒だな。
そこからバス通り沿いに歩いて青梅街道に出たところに
西荻地域区民センターという建物があり、
その玄関の横に「上向き童子」像が飾られている。

上向き童子(Nokton25mm)

「六童子」というが、この「上向き童子」は4人組、
2人の「おすもう童子」もあるから全部で10人なんだね。
ま、どうでもいいが…。
住宅街を抜け、JR中央線のガードをくぐって、
西荻南児童公園に戻る。


「おすもう童子」はお転婆さんに蹂躙されていた…w







2016年10月9日日曜日

フォクトレンダー

写真が好きなぼくは、
初代以来、Sigma DPシリーズをメインに使ってきた。
そして、サブ並びに水中用としてはOlympus。
イメージセンサーのサイズ(マイクロフォーサーズ)に
いくばくの不満を拭えなかったので、
一時はCanon M3をサブに使っていたこともある。
ところがこちらは
いつまで待ってもレンズのラインアップが揃わない。
とうとう嫌気が差して売り払ってしまった。

Olympusに戻ったのは、
マイクロフォーサーズのレンズの充実が目覚ましいからだ。
ぼくはズームレンズを好まない。
(水中用に広角ズームを一本持っているが、
 ほとんどの場合、ワイド端に固定して使っている。)
マイクロフォーサーズ用の単焦点レンズとしては、
コーワやコシナなどのメーカーが
すこぶる個性的なレンズ群を用意していて、
シグマにも、F2.8の17mm、30mm、60mmと、
1万円台でコストパフォーマンス抜群のレンズがある。

そこでまず手に入れたなかの一本が
フォクトレンダーのNokton25mm(コシナ)。


フルサイズ換算50mmの標準レンズだが、F0.95と滅法明るい。
従って絞り開放で撮るとめちゃくちゃボケる。
フォーカスはマニュアルだが、
ピントが合う範囲がごく薄いので神経を使う。
いま仕事が編集作業に入って忙しく、
撮影旅行はむろん、カメラ片手に散歩に出ることもできない。
そこで通勤途上の代々木公園に咲いた彼岸花を撮ってみた。
(ぼくは彼岸花が好きで、毎年撮影している。)


背景が盛大にボケて、花がふわっと浮かんで見える。
花自体もソフトフォーカスをかけたような描写で、
まるで夢のなかで出会った光景のようだ。
肉眼でこんな風に見えるわけはない。
レンズが作り出した超現実的な光景ともいえる。


絞りを2.8か4.0まで絞ると描写がかなりくっきりする。
背景はきれいにボケているが、
花そのものはシャープな写りである。
絞るにつれて写真の印象が一変するのである。


こちらは々代々木公園で撮ったサルビア・グアラニチカ。


ぼくが住んでいるマンションの雨の日の中庭の様子。
湿度をたっぷり含んだ空気感の描写が好ましい。


こちらは近所の公園にある「おすもう童子」の像。
「せんとくん」で知られる薮内佐斗司氏の作。 
西荻窪には同じ藪内氏による童子像が六つあるそうな。
今度、暇ができたら探し歩いてみようかな。

Nokton25mmは大変面白いレンズである。
絞りをいろいろに変えて遊んでみる。飽きない。
多少かさばるレンズだが、
Olympus OM-Dが小さいこともあって、
鞄の中にぽんと放り込んで歩くことができる。
最近は毎日この組み合わせを持ち歩いていている。
愛着のあるSigma dp2から
メインの座を奪うこともあるかもしれないな。