がん患者のイタリア漫遊記(3)

イタリア旅行の4日目はフィレンツェからチンクエテッレへ。
チンクエテッレはリグリア海に面した5つの村の総称で、
ぼく的にはここが今回の旅行のハイライトである。
以前、写真で見て美しい佇まいに一目惚れ、
いつかこの村々を訪ねてみたいと思っていた。
5つの村を一括して世界遺産に登録されている。
ワインの産地としても知られ、
漁村だからシーフードは旨いはず。
ぼくにとっては天国のような場所だと予想された。

9時53分にフィレンツェを発ち、
ローカル線に乗ってラ・スペーシア駅で乗り換え、
ホテルのあるヴェルナッツァの駅に12時23分に到着した。
ヴェルナッツァは5つの村のうち、
フィレンツェ側から数えて4番目の村である。
人口はおよそ900人。

(ヴェルナッツァの港の広場。気の早い人はもう泳いでいた)

駅から海岸に向かってしばらく坂を下ると港の広場があって、
そこにぼくたちが泊まるホテル・ジャンニ・フランツィがある。
ホテルの看板が出ているのはレストランとしか思えない場所で、
レストランのカウンターで訊くと
ここでチェックインすればいいという話である。
チェックインの手続きを終えると、
エレベーターがないので
荷物を運び上げるのに人を雇うかという御下問。
せいぜい4階ぐらいなものだと思って自分で上げるというと、
「トライするか?」との仰せである。
「Try」という言葉に一瞬悪い予感がよぎったが、
そのままお願いすると〝天国への道は地獄から始まった〟。
ホテルというが一軒の建物ではなく、
レストランの横にある細い路地の石段を
スーツケースを抱えて延々登っていくハメに陥ったのである。

(生活感に溢れているが、ほとんど迷路だった)

迷路みたいな道であり、勾配もかなりきつい。
不規則な石段だから、歩きにくい。
「ホテル」と称する部屋までいったい何階分登ったのだろう?
いい加減息が切れたところで、ようやく部屋にたどり着く。
しばらくベッドに横たわって息を整え、昼めしを食べに出た。
石段を降りた広場にある「Il Ganbero Rosso」という店。
軽くすませようと妻はシーフードの温サラダを注文、
ぼくは「パスタ」を注文する。
ウェイターの男性は「パスタは量が多いよ」という。
多いといってもまさか洗面器で出てくるわけではあるまいと思い、
そのまま注文したら「洗面器」どころではなかった。

(トマト味のスパゲッティぐらいのつもりで注文したが…)

こんなもん、二人で食べるのか…と目の前が暗くなるほどの量だ。
「パスタ」というが麺類ではなく、
シーフードのスープにパンが浸してあるスタイル。


妻の憧れの手長エビほか満載、この皿で三枚分を二人で食べた。
露天のレストランで、
天気のいい土曜日とあって観光客が次々横を通っていくが、
みんなこの東洋人夫婦は凄いものを食べてるな、
と奇異の目で見ながら通り過ぎていく。
必死で全部たいらげたら、動けなくなった。
リゾート地で観光客は多いが、
気がつくと日本語はほとんど聞こえない。
日本での知名度は低いのだろう。
一方で、中国人はたくさんいる。
この人たちの情報収集力は凄まじく、
いまや世界の隅々まで観光地を席巻している。

もう動きたくなかったが、そういうわけにもいかない。
せっかくチンクエテッレに来たからには、
5つの村をすべて制覇しなくては。
ヴェルナッツァの駅から、
一番フィレンツェ寄り(つまり東側)の
リオマッジョーレ村まで列車で移動。
リオマッジョーレは人口およそ1500人、
チンクエテッレ最大の村だという。

(リオマッジョーレの目抜き通り、たぶん人口の数倍の観光客がいる)

駅に降りてひたすら坂を登る。
チンクエテッレはいずれも坂の村だ。
坂を登ったところに城郭跡と教会がある。
たぶん中世に砦が造られた名残りなのだと思う。
フランスのモン・サン=ミシェルを思い出す。
ぼくはこういう場所が好きで堪らない。

(教会まで登って村を撮った。本当に美しい村だ)

苦労して坂を登ると絶景が目の前に開ける。
カラフルに建ち並ぶ家々がとてもキュートだと思った。

(マナローラ。実に美しい村だが住みにくいだろうな…)

リオマッジョーレから電車で、東から二番目の村、マナローラへ。
時間的な制約があって滞在時間は30分ほどだったが、
とても美しい村だ。
道路を占拠するように小舟(漁船)が並べてあるのが珍しい。
こんな素晴らしいところは一泊ではもったいないと思う。
続いてもうひとつ西のコルニリア村へ。
駅から村までつづら折りの坂道を延々と登る。
かみさんはもちろん、ぼくも完全に息が切れた。

(村に続く坂道から見たコルニリア駅)

坂の上から駅を見下ろすと、
こんなところで人はどうやって暮してきたのだろう、
という思いに駆られた。
しかし、村にはのんびりと歩くお年寄りの姿が目立つ。
この村はワインの原料になるブドウの栽培が盛んで、
たぶん半ば自給自足の生活をしてきたのだろうと思う。
丘の上にあるコルニリア村は人口250人ほどらしい、
チンクエテッレでも一番小さな村である。

(コルニリアはチンクエテッレで漁港を持たない唯一の村だ)

駅から遠いこともあって観光ルートからが外れているようだ。
それだけに落ち着いた佇まいがあって好ましい。
きっとこういう村にはいい宿、いいレストランがあるだろう。
もう一度チンクエテッレに来る機会があれば、
今度はこの村に泊まってみたいものだと思った。

コルニリアからヴェルナッツァに戻り、
ホテルに続く迷路のような路地を迷いながら登る。
部屋に戻ってiPhoneで確かめると、
きょうは一日で46階相当の坂を登ったとのこと。
これは新記録だと、妻と二人で笑う。
夕食はもう坂を下りる気にならないので、
(下りるということはまた登るということだから)
部屋のそばにあるホテルの露天のカフェですませることに。
ここはワインのテイスティングがメインで、
チンクエテッレの白ワインが3杯20ユーロ(約2500円)、
スパークリング、赤、白の組み合わせで15ユーロ。
観光地価格で少し高いが、
ホテルの宿泊者には10%のディスカウントがある。
料理はハム・チーズ、アンチョビなどの軽食のみ。
…昼に食べ過ぎたから、これでいいや。
このカフェは断崖の上にあって、絶景である。
ただし、夜になると風が出るので少々寒い。
足下の波打ち際を見下ろすと恐ろしいほどだが、
非日常的なシチュエーションに妻はすっかりハイになる。
これも素晴らしい旅の思い出。


夜の9時近くなると、
目の前の城郭(ドーリア城)がライトアップされた。
二人にとって忘れられない夜になりそうだ。











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