桜と鍼

癌というのは厄介な病気である。
抗がん剤を服用すれば、
癌自体に症状がなくても副作用に苦しめられる。
抗がん剤が効くかどうかは人によって違い、
副作用の程度もまた人によって違う。
ただはっきりいえることは、
抗がん剤はやがて効かなくなるし、
逆に副作用は増していくということだ。

ぼくは幸い副作用が比較的軽くすんできた。
仕事ができたし、旅行にも不自由なかったし、毎晩酒も飲めた。
しかし、治療を始めて4年で
フルオロウラシルを中心とした薬の組み合わせが効かなくなり、
この2月からロンサーフという薬に変えた。
結果としてこのロンサーフがぼくの体には合わず、
効果が上がらないばかりか副作用が強く出た。
釧路の我が家の周辺はちょっとした丘陵地帯で坂が多い。
その坂を登ると息切れがする。
雪かきをするのがつらくなった。
いままでなかったことなので精神的なショックが大きく、
買物に出るのも面倒になった。
特に痛い、苦しいというのではないが、
広島弁でいうところの「たいぎい」状態が続いた。

そこで先週、予定にはなかったが一度東京に戻った。
東京にいるときは妻が生活面のアシストをしてくれる。
また、鍼灸師なので鍼を打ってくれて、
この鍼が副作用の軽減によく効く。
ロンサーフを服用しているときの内臓の強ばりが覿面に取れ、
息切れはあるものの体中の筋肉が楽になる。
妻もぼくが独り暮らしをしているのは不安だったらしく、
何かと甲斐甲斐しくしてくれるので、甘えさせてもらった。

急きょ東京に戻ったのにはもうひとつ理由がある。
東京は桜の満開が予想されていたのである。
釧路は日なたの雪は消えたものの風景は寒々しく、春は遠い。
東京は一年で一番いい季節、
釧路は一年で一番つまらない季節なのである。

ぼくはカメラバッグを肩に東京の街を歩いた。


水曜日は駒込・六義園の枝垂れ桜。
カメラはSonyのフルサイズ・ミラーレスα7Ⅱ。
レンズはコシナ(Voigtlander)の40mmF1.2と65mmF2マクロ、
さらにもう1本、Sigmaの24mmF1.4の3本を持った。


ところが、
いままで気にしたことがなかったカメラの重さが体に堪えた。
3本とも大口径の重いレンズには違いないが、
それにしてもバッグのベルトが肩に食い込み、
カメラを持つ右腕の筋肉が痛くなった。


木曜日は千鳥ケ淵に出かけた。
ぼくはここの桜が好きで、毎年のように撮っている。
この日は花曇りというにも少し雲が重い。


やはり、腕が痛い。
特にSigma24mmをSonyに装着するときはアダプターが必要で、
カメラ本体が556g(+バッテリー)、
レンズが665g、アダプター125gで1346g超になる。
重いといえば重いが、
いままではカメラの重さなど気にしたことがなかったのである。


ロンサーフを服用するようになって以来、
一気に十歳ぐらい歳をとった気がする。
帰りに渋谷にまわって、妻の鍼灸院で鍼を打ってもらった。


金曜日は我が家から歩いて30分ほどの善福寺河畔を散策した。
Sigma24mmを家に置いて、
代わりに同じSigmaのレンズ一体型カメラdp0をバッグに入れた。


このカメラは重さが500gだから、
24mm+アダプターを持つのに比べて300gほどバッグが軽くなる。
それだけでもけっこう違う気がした。
dp0は日中は液晶画面がほとんど見えない扱いにくいカメラだが、
フルサイズ20mm相当の超広角で、
写りに独特の魅力があるので気に入っている。
阿佐谷でおでんと刺身を買って帰って、
一杯やりながらテレビでプロ野球の開幕戦を観戦した。

3日間桜を撮り歩いて、
体調がいまのままだとすれば
この重さのカメラ・レンズを持ち歩くのはつらいと思った。
ズームレンズを嫌って単焦点のレンズばかり集めてきたから、
体力が衰えてきたときに困る。
今後は旅に出るときは、
いままでサブとして使ってきた
軽快なOlympus OM-D E-M Mark2に
マイクロフォーサーズのレンズ群を持参することにした。
このカメラは使えるレンズの選択肢が広く、
写りもパソコン画面で見ている範囲ではフルサイズに遜色ない。

日曜に釧路に舞い戻って月曜日に病院。
副作用が蓄積していて予定の治療を行うことができなかった。
ロンサーフの服薬は止めた方がいいというのが担当医の見解で、
次回からレゴラフェニブという薬に変えることになった。
この薬はこの薬で
手足が糜爛するなどの副作用が報告されており、
家族のアシストを受けられる東京で治療した方がいいとのこと。
明日からまた東京に戻って
治療を受けられる病院を捜すことになる。
東京での治療再開はたぶん5月の連休明けになるはずで、
その頃、釧路は一気に遅い春が訪れる、いい季節だ。
それを考えると残念な気もする。











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