2017年6月22日木曜日

原発事故による健康被害の「評価」をめぐって

昨日、Twitterでジャーナリストの佐々木俊尚氏が、
「甲状腺癌の多発」と書いた
民進党のあべともこ氏を批判して
「福島についてまたこんなデマを」と書いた。
ぼくはそれに対して、
それこそ「見え透いたデマ」だと反論をした。
ぼくは福島の現状を徒に危険視する立場には与しない。
しかし、
福島原発事故による放射線の健康被害に関しては
まだはっきりした結論は出ていないはずである。
あたかも「影響はない」というのが
科学的結論であるかのように決めつける
佐々木氏の言説に強い違和感を覚えたのである。
以降、ぼくのタイムラインは
賛否両論でちょっとした炎上状態にある。

何人かの方に指摘されたが、
現状で確認されているのは甲状腺がんの「多発見」で、
それが即ち「多発」とは言えない。
充実した検査を行なった結果、
従来に比べ発見が増えたことが考えられるからである。
確かにぼくの文章はその点は軽率で、
修正するにやぶさかではない。
しかし、
「多発見」が「多発」を意味しないのと同様、
「多発」を否定するものでもないことは明らかである。
佐々木氏やTwitterでぼくを批判した人たちは、
何を根拠に
「単なる多発見で、多発とするのはデマ」だと断定し、
「福島原発事故による甲状腺がんの発生はない」ことが
科学的に証明されたかの如き主張をするのだろうか?

福島県が主宰する福島県民健康調査というものがある。
去年の春、中間とりまとめを公表した。
この調査は当初、
「県民に安心してもらうための調査」だと説明、
その点を各方面から強く批判された。
これは当然で、
あらかじめ結論を決めてから
調査をするというのは倒錯である。
ぼくが取材した人たちのなかにも
強い不信感を抱き、
受診を拒否する人たちが少なからずいた。
原発事故の影響を軽視する
バイアスがかかっていると指摘され、
件のあべともこ氏の発言もこの調査を批判したものだ。
とはいえ、調査データの豊富さと、
多方面の専門家が科学的な検討を加えるという意味で、
現時点でこの調査以上に充実したものはあるまい。

この福島県民健康調査では、
「多発見」の要因をどう見ているのだろうか?
ぼくは改めて中間とりまとめに目を通した。

「先行検査(一巡目の検査)を終えて、
 わが国の地域がん登録で把握されている
 甲状腺がんの罹患統計などから
 推定される有病数に比べて
 数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている。
 このことについては、
 将来的に臨床診断されたり、
 死に結びついたりすることがないがんを
 多数診断している可能性が指摘されている」
 
中間とりまとめの記述である。
いわゆる「過剰診断」が
多発見の要因である可能性に言及している。
しかし、「可能性が指摘されている」という記述は、
それが
検討委員会のコンセンサスではないことを示している。
コンセンサスであれば、
「多数診断したためと考えられる」等と書くはずである。
つまり、福島県民健康調査検討委員会では、
一部の人たちが主張するように
「多発見」の要因が
「過剰診断」だと断定しているわけではない。
言い換えれば、
「多発」であるかもしれない可能性を留保している。
科学者がファクトに忠実であろうとすれば、
一般にこうした留保を多くつけることになる。
その留保を読み飛ばして、
安直に結論に走るのは誤りであろう。

どうしてこういう記述になったのか、
ぼくはさらに検討委員会の下部組織である、
甲状腺検査評価部会の議事録を読み進めることにした。

議事録を読んですぐに気がついたのは、
部会に属する専門家たちが、
オブザーバー的な立場で出席している
福島県立医大の教授たちも含め、
ある大前提を共有したうえで
議論をしているということである。
委員たちが口々に繰り返しているのは、
事故の被ばくによって
将来甲状腺がんが発生する
可能性は否定できないということである。
中間とりまとめのために
清水一雄部会長(日本医科大名誉教授)が
作成した文案から引く。
以下の文章が部会のコンセンサスだと考えられる。

「現時点で、検診にて発見された甲状腺癌が
 被ばくによるものかどうかを結論づけることはできない。
 放射線被ばくの影響評価には、
 長期にわたる継続した検査が必須である」
 
放射線被ばくの影響は
4〜5年後から現れると言われており、
その影響を見極められる時点まで調査を継続しなければ、
結論には至らないというのである。
そのうえで、とりまとめの文案では以下のようにいう。

「これまでに発見された甲状腺がんについては、
 被ばく線量が、
 チェルノブイリ事故と比べてはるかに少ないこと、
 事故当時5歳以下からの発見はないことなどから、
 放射線の影響とは考えにくいと評価している」 
 
「結論づけることはできない」ことを前提に
「これまでに発見された甲状腺がん」に限定して
「放射線の影響とは考えにくい」と評価しているのである。
原発事故に起因する
甲状腺がんの発生は(今後も)考えられないなどとは
誰一人として言ってはいない。

付け加えれば、
これまでに発見された甲状腺がんが
原発事故が原因だとするには発生時期が早過ぎるというのも
「考えにくい」根拠として指摘されている。
この部会長とりまとめ案が諮られたのは2015年3月であり、
事故からまだ4年しか経っていない。 

それでは、「多発見」問題についてはどう議論されたのか?
2015年2月の第5回甲状腺検査評価部会において、
渋谷健司委員(東大大学院教授)から次の発言がある。

「前回の津金先生のデータからすると
 予測される有病率よりもはるかに高くて、
 実際に被ばくによる影響というのは
 まだまだこれは調べなくてはいけないのですけども、
 今の被ばく量からするとそこまで出る、
 あるいは時期的にも
 そこまで出る可能性は低いというのは
 皆さん何度も述べているわけですよね。
 じゃ、可能性としてどうなのかと考えた時、
 過剰診断という言葉は
 あまりよろしくないというのであれば
 Overdiagnosisという言葉を使いますけど、
 それが一番妥当であると」
 
つまり、
これまでに発見された甲状腺がんは
放射線の影響とは考えにくいとの判断を前提に、
では、
なぜ甲状腺がんの発見が多かったのかを説明するには、
「過剰診断」の結果と考えるのが合理的だというのである。 
一部の人たちが主張するように、
「多発見」は過剰診断が原因であり
「多発」ではないことが明らかにされたわけではない。
論理の展開がまるで逆方向である。

そして、翌月に行われた第6回部会で、
清水一雄部会長が示したとりまとめ案では、

「検査結果に関しては
 過剰診断の面も考えられるとの意見も多かった」

としていたが、
西美和委員(広島赤十字・原爆病院)から

「この『多かったが』というのが、本当に多かったのか、
 むしろ私は
 『意見もあったが』の方がいいかな
 というふうに思いますけども」

との指摘があり、
これが中間とりまとめの
「可能性が指摘されている」との表現に
つながったと推察される。

甲状腺検査評価部会の議事録を読んで、
ぼくは当初想像していた以上に、
原発事故による甲状腺がん発生の可能性を
専門家たちが慎重に留保していることを知った。
そしてもうひとつ、気がついたことがある。

甲状腺検査評価部会のとりまとめ、
「2.放射線の影響評価について」の冒頭にあった

「現時点で、検診にて発見された甲状腺癌が
 被ばくによるものかどうかを結論づけることはできない」

との一文が
翌年2月に検討委員会に示された
「中間取りまとめ最終案」では消えているのである。
そして、部会のとりまとめにはなかった
 
 「放射線の影響の可能性は小さいとはいえ
  現段階ではまだ完全には否定できず」
  
という一文が付け加えられていた。

「結論づけることはできない」が消え、
「放射線の影響の可能性は小さい」が
付け加えられたことにより、
文章の与える印象は随分と変わったものになっている。
中間とりまとめには

「甲状腺検査部会の中間とりまとめを踏まえ、
 本委員会として要約・整理・追加した」

との但し書きがあるが、
なぜこのような変更が行われたのか、
その点については
議事録にないので確認しようがなかった。
中間とりまとめを決めた昨年2月15日の検討委員会では、
清水一雄部会長を始め、
甲状腺検査評価部会の主なメンバーが欠席したため、
この点についての言及はなされないままに終わっている。

 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿