2016年11月10日木曜日

NHKスペシャル「調査報告 膨らむコスト」

録画しておいたNHKスペシャル
「調査報告 膨らむコスト」(11/6放送)を見た。
福島原発事故をコスト面(補償・除染・廃炉)から検証したもので、
ぼくもよく知っている後輩たちが担当した番組。
内輪褒めとは思われたくないが、大変優れた番組だった。

感心したのは、入手したデータを基に語る実証的な手法である。
この番組は、
事故当時の民主党政権で
官房副長官に就任した仙谷由人氏らが導入した
東京電力を破綻させず公費を投入するというスキームが、
自民党の政権復帰とともに変質していく過程をトレースしている。
当初は混乱を回避し
被害者の救済を迅速に行うための緊急避難的政策だったのが、
いつのまにか
事故を起こした東電の経営支援策にすり替えられていったのである。
東電は毎年、
利益の半分に相当する金額を国に返済するはずだったのが、
実際には経常利益に対する返済金の割合は減っているという。
国は東電に厳しく返済を迫るどころか、
逆に税金と電気料金に上乗せするかたちで国民負担を増やしている。
国民の多くが知らないところで、
公の資金が事故に責任を持つ私企業に注ぎ込まれているのである。
政策目標がいつのまにか
「被害者救済」から「電力会社救済」に変わったのがよく解る。
実に不明朗な、民主主義の原則に悖る話である。
その変質はぼくも感じていたことだが、
番組がデータと証言で明らかにしたことで改めて納得がいった。

番組論として言えば、
エピローグの浪江町津島のシーンは要らないと思った。
ぼくもそうだが、
TVのディレクターは
こうした人間系のエピソードを入れることによって、
視聴者の琴線に触れ「共感」を得ようとする。
しかし、この番組の場合は、
ドライなデータに徹した方がよかったのではないか。
番組が指摘したように、
原発事故のコストを負担するのは、
全国の、それも次世代まで含めたすべての国民である。
そういう意味では、
すべての国民が原発事故の当事者であり、かつ「被害者」だ。
せっかくそこまで指摘しておきながら
ラストに「苦悩する福島の人たち」を登場させたのでは、
「福島の人たち=犠牲者」という
ありがちなイメージに番組が収斂しかねない。
これは理屈ではなく、映像から受ける印象の問題だ。
テレビとは、そうした特質を持つメディアなのである。

さて、ここからしばらくは番組とは直接関係しない話である。
この番組が的確に指摘したように、
原発事故がいったん起きてしまえば、
そのコストは民間企業が負うことができる範囲を遙かに超える。
しかし、その事実は、
福島原発事故があって初めて明らかになったことではない。

アメリカでは原子力発電を実用化するにあたって、
事故が起きた場合の影響やコストを試算した(1957年・WASH740)。
その結果、
原発事故のコストは民間企業では負担しきれないことが判明。
同年、プライス=アンダーソン法を制定し、
一定金額を超えるコストは国家が負担することにして、
原発の建設を促進しようとしたのである。
そうでもしなければ企業は原発に手を出そうとしなかったわけで、
アメリカ政府としては、
米ソ冷戦、核兵器開発との関係で、
事故時のコストを負担してでも原発を推進したい理由があった。
つまり、原子力発電は、
既にそのスタート時点において
経済的にペイしないことが明らかになっていたのである。

原子力発電が日本に導入されるにあたって、
日本では原発と核兵器開発とは切り離されているため、
国家が経済的な負担をしてまで原発を推進すべき理由がなかった。
これはぼくの推論だが、
そのため生み出された「嘘」が
日本では過酷事故は起こらないという
いわゆる「安全神話」だったのではないか。
「事故が起こらない」なら
「事故のコスト」を算定する必要はないからだ。
こうした「嘘」に
「原子力は安上がりのエネルギー」だという
いまとなっては事実に反することが明らかな「嘘」を上塗りして、
日本の原子力開発は推し進められてきたといっていい。

意外に思われるかもしれないが、
NHKスペシャルのなかで
自民党の大島理森氏が苦しげに主張していた、
日本社会は原子力発電を容認してきたのだから
事故のコストもすべての国民が分担すべきだという意見に
ぼくは基本的に賛同する。
もちろん、
不幸にして起こってしまった福島原発事故の後始末の範囲でである。
東電が可能な限りの負担をするのが前提なのは言うまでもない。
また、万一の事故への備えや廃炉に要する費用など、
本来必要なはずのコストをきちんと算定してこなかった
電力会社の経営支援に公費を投入するなどもっての外の話である。

NHKスペシャル「調査報告 膨らむコスト」は、
水面下で進むコストの国民への付け替えという事実を指摘した上で、
情報公開を進め、
負担に関する国民的なコンセンサスの形成を図るべきだと主張する。
そのメッセージに全く異存はない。
しかし、ぼくにはもうひとつ言っておきたいことがある。
「日本の原発では過酷事故は起こらない」だの、
「原発は経済的なエネルギー」だの偽りのキャンペーンを繰り広げ、
言わば国民を欺きながら原発を推進し、
福島原発事故を招いた責任をはっきりさせるべきだと思う。
騙された国民が責任をとって事故処理の費用を負担するのである。
騙した側が無傷で逃げおおせるという法はあるまい。

2 件のコメント:

  1. 新幹線のために 原発が 必要ですと
     当時 熱弁してた 中曽根さんが・・・
    「事故時は すべて 電力会社の責任」という
     映像が 印象的でした。

     まぁ 100年 かかっても 何らかの税負担が
     国民に 課せられるでしょう。 私も 死んでますが。

     あと 関係ないですけど 日曜にN特「アマゾン・ポロロッカ」
    再放送ありまして・・・
     おじいちゃんが 孫と犬を 連れて・・・
    子供たちといっしょに 学校で授業 受けてたシーンが 
       良かったですよ。 

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    1. なぜ日本では電力会社に無限責任を負わせることになったのか、
      そのあたり、
      中曽根さんが本当のところを喋って残してくれればいいのですが、ね。
      …「ポロロッカ」見逃してしまいました。
      ぼくが会社に入る直前に大きな話題になったのが
      「NHK特集・ポロロッカ アマゾンの大逆流」でしたね。
      新人時代にビデオで見せられた記憶があります。
      ディレクターは吉田直哉さん…違ったかな?

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