酸ヶ湯温泉印象記

秋の八甲田を訪ねた。
これからほぼ一月のあいだ
忙しくて休みがとれない予定なので、
あらかじめ静養しておこうという温泉旅行だ。
紅葉の盛りにはわずかに早いが、
幸い天気に恵まれ、爽かな北国の秋を満喫した。


初日は温泉マニアにとって憧れの聖地、
八甲田山麓・酸ヶ湯温泉での宿泊である。
もともと傷ついた鹿が入っていたことからシカユ、
それが転じて酸ヶ湯(スカユ)となったという話だ。
鄙びた山の温泉宿を想像していたのだが、
規模の大きさに度肝を抜かれる。
宿泊棟と湯治棟があり、日帰りの入浴客も多い。


圧巻は有名な千人風呂で、
木造のまるで古刹の伽藍を思わせる巨大な建物のなかに
泉質の微妙に異なる二種類のお湯が湧いている。
ひとつは「四分六分の湯」。
源泉が高温のため加水しているのだが、
源泉の割合が4というのが名の由来だろうか?
もうひとつが「熱湯(あつゆ)」。
こちらは源泉100%だが、
その名に似合わず「四分六分の湯」よりもぬるい。
ぬるいが身体の芯まで温まって、
湯上がりにいつまでも身体が火照るというので
この名がついたらしい。
ぼくはこの「熱湯」が気に入ってゆっくりと入浴した。

「千人風呂」は昔ながらの混浴だが、
男性エリアと女性エリアのあいだに衝立が設えてある。
カップルや夫婦の入浴客のなかには、
女性が衝立の陰から出てきて
中間地帯で一緒に入っていたりする姿も見られるが、
お湯が白濁しているので
残念ながら(?)首から下は見えない。
衝立のなかを覗き込もうとした不心得者がいたらしく、
洗い場の衝立に近いスペースは
「男性立ち入り禁止」の無粋なロープで仕切られていた。
脱衣場には
「混浴を守る会3カ条」というのが貼り出されている。
第1条は
「男性入浴者は女性入浴者を好奇の目で見るべからず」。
これはまァ当然として、第2条、
「女性入浴者は男性入浴者を好奇の目で見るべからず」
…というのは、そこはかとなく可笑しい。
男女同権の世の中だから、そういうことになるのか。
第3条は「和をもって貴しとなす」みたいな話だった。
守る会発起人として、
三浦雄一郎さん、浅井慎平さんの名前があった。


温泉の近所を散歩してみる。
「地獄沼」とはおどろおどろしいネーミングだが、
沼の奥から温泉が湧いて湯気が上がっているだけの話。
なかなか美しいところである。
近くには「賽の河原」という地名(?)もあって、
ここでは未舗装の路面に温泉が湧き出している。
酸ヶ湯温泉の周辺は
一帯に硫化水素の臭気が充満しているが、
地獄だなんだと名づけるほど根の暗いところではない。

夕食は部屋食。
きちんとした料理で、とても美味しかった。
酒は売店で買って部屋に持ち込めるので、
ぼくは弘前の地酒
「じょっぱり」の純米酒を四合瓶で買った。
湯上がりにビールを一本飲んで、
その後に四合瓶を空けてしまったのだから、
これは多少飲み過ぎである。

コメント