2013年5月22日水曜日

天災は忘れるまもなくやってくる


最近、
東日本大震災に続く次の「巨大災害」の予感に怯えている。
先日も東北で震度5強の地震があった。
震源地は福島県沖で、
なぜ石巻だけが震度5強なのかはよくワカラナイ。
仙台は震度3だったというが、
編集室にいたぼくは下から突き上げるような揺れを感じ、
これはかなり大きな地震だと心配をした。
幸い被害はなかったが、
もし福島第一原発4号機に残された
使用済核燃料プールが崩れる事態にでもなれば、
東北から東京にかけての広大な地域が
放射能汚染で一気に壊滅することになりかねない。

4月に淡路島、伊豆諸島、宮城県沖と
震度5クラスの地震が続いたが、
三つの震源地を結ぶとその中心にあるのは富士山だ、
とぼくらは冗談半分に話していた。
しかし、その後に、
政府が富士山が噴火した場合の
避難体制の見直しを始めるというニュースがあったりして、
あまり笑えない“冗談”になってしまった。
富士山の歴史のなかで300年も噴火がないのは異常で、
もういつ爆発してもおかしくない状態らしい。
「富士山の噴火」はぼくにとって盲点だったが、
降り積もる火山灰であらゆる交通機関がストップし、
首都圏の都市機能は完全に麻痺してしまうという話だ。
降灰は極めて広範囲に及ぶと思われ、
また影響の長期化も予想されるだけに、
ある意味で地震以上に恐ろしい事態である。

天災は忘れるまもなくやってくるのである。
ぼくが日本人男性の平均寿命まで
あと20年あまり生きると仮定すれば、
たぶんもう一度は巨大災害を経験することになるだろう。
東日本大震災の被災地をつぶさに取材し、
いままた阪神・淡路大震災の後遺症を取材しているので、
自然災害の前に現代社会がどれだけ脆いか、
また、「復興」がどれだけ困難か、
たぶんぼくは普通の人より痛切に実感できる。
だから「被災」のリスクをどう減らそうかと考える。

もし、巨大災害を本気で恐れるなら、
東京を引き払うのが最も賢明な選択だと思う。
次の災害は東京で起きる可能性が強いから、ではない。
都市の規模が異常に肥大化した東京での被災は、
あまりにリスクが大きいと思うからだ。
早い話が、
家族が一緒にいるときの災害ならまだいい、
ぼくは家族を助けるために全力を尽すことができる。
しかし、昼間、
それぞれが別の場所にいるときに巨大地震が起きたら、
そのまま会えなくなってしまう可能性が強い。
携帯電話は通じないだろうから、安否確認も困難である。
東京は徒歩で移動するにはあまりに巨大過ぎ、危険すぎる。
東日本大震災の日、
妻は3時間半かけて歩いて帰ったが、
(ぼくは仕事で大阪に出張していた)
あのときは火事が起きなかったからよかったのだ。
火事が起きれば、危険は何十倍、何百倍にも膨れ上がる。
無理に帰宅しない方がいいという話もあるが、
それは居場所の安全が確保されている場合のことである。
ライフラインが寸断されたとき、東京は極めて脆いはずだ。

これが例えば仙台であれば、
生活圏は基本的に徒歩圏内におさまるから、
地震が起きたらすぐ家族のもとに駆けつけることができる。
家族の安全を確保してから仕事に戻ってくればいい。
神戸であっても、ま、どうにかなる。
先日、都心の元町から西の新長田まで歩いたが、
一時間ちょっとというところだった。
この程度の範囲であれば、なんとかなると思う。
しかし、東京では、たぶんどうにもならない。
筋金入りの方向音痴である妻を
災害に見舞われた巨大都市で一人にしておくのは、
“後顧の憂い”がありすぎるというものだ。

そう思うから、
ときどき妻に冗談めかしてもちかけてみる。
東京のマンションを売って
仙台で(あるいは神戸でもいい)住まないか、と。
しかし、妻は全くとりあってくれない。
東京で仕事をそれなりに軌道に乗せてきたから、
いまさら他の街に行きたくないという気持は解る。
上海生まれの彼女にとって
たった一人の妹が東京にいることもあるのだろう。

断っておくが、ここから先は笑い話である。
東京から動く気がないのであれば、
なんとか連絡の手段だけは
幾重にも確保しておきたいとぼくは考えた。
だから、妻や息子のiPhoneに、
SkypeだのViberだのをインストールさせてきた。
ところが妻は、
使わないでいるうちにパスワードを忘れてしまい、
結局、いざというときに役に立たなくしてしまった。
そこで今度は、
iPhone用のアプリが出たばかりの
Google Hangoutsをインストールするよう奨めた。
ところが妻は面倒臭がって応じようとせず、
逆に自分が使っている中国生まれのSNS「QQ」を
ぼくも使うようにと言ってきた。
ぼくは基本的に中国製を信用していない(妻を除く)。
だから気が進まなかったのだが、
災害時の備えになればと思い直してインストールした。
で、登録の手続きを終えて、
さっそく妻のページにアクセスすると、
自己紹介欄に年齢が「33歳」と書いてあるのを発見。
…サバを読むにもほどがあるというものだ(笑)。
「做一个善良之人」とも書いているが、
(「个」は「個」の簡略字体)
これでは「善良」かどうかも疑わざるを得ない。

妻の気楽な“年齢詐称”を知って、ぼくは脱力した。
災害を真面目に心配していたことが
なんだか突然ばかばかしくなってしまった。

2 件のコメント:

  1. あはははは。

    杞憂みたいなもんですね。
    空は落ちてこない、と。
    仮に落ちてきたときは、みんな死ぬだけ。
    いまを楽しもうよ、いまが青春(33歳)だよ、と。

    ぼくは、パニックを見るのが、イヤだなぁ。
    地震時に、我先に割り込んだり、買いだめしたり。
    そういうのは、より都市で多く発生しそうです。
    その点で、引っ越したいな。

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    1. 「杞憂」であれば、本当に嬉しいのですがねえ…。
      当然予想されるパニックも含めて、
      東京はやはり巨大になり過ぎているのだと思いますよ。
      ライフラインが寸断されれば、
      制御不能な事態に陥るのではないかと不安です。

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