2012年9月1日土曜日

そして、いぐねは伐り倒された

きのう南相馬のMさんから突然電話をもらった。
明日(つまり、今日)、いぐねを伐るというのである。
「いぐね」とは家を囲む屋敷森(防風林)のことで、
阿武隈おろしの風が吹き荒れるこの地方特有の景観である。

大慌てでロケを準備し、南相馬に走った。
急なことでありカメラマンは何とか確保できたが、
音声マンは手配できず、
ぼくがゼンハイザー(指向性の強いマイク)を持った。
とてもスチールを撮る余裕などないだろうと考え、
愛用のカメラを持って行っていなかったので、
以下に掲げるのはすべてiPhoneで撮った写真である。


上の写真は、
いぐねの左側半分が既に伐採されたMさんのお宅。
木がなくなって母屋が見えているのが判る。
この角度からは、以前は杉木立しか見えなかった。

いぐねは代々家を守ってきたものであり、
長い年月をかけて木を育ててきた
M家の人々の思いが込められている。
Mさんもできれば残したいと考えていた。
だが、福島原発事故で降り注いだ放射性物質は、
杉の葉や樹皮に付着して、
自宅周辺の線量が下がらない要因となっている。
Mさんの家でも線量計を上に向けた方が線量が高くなる。
屋根に放射性物質が付いている証拠で、
屋根を洗っても
杉の木から放射性物質が落ちてくるので、
結局は元の木阿弥になるとMさんは考えていた。
家の裏(いぐねのある側)で測ると、
いまでも放射線量は1μSv/hを超える。
小学生の子ども3人の父親であるMさんにとっては、
背に腹は代えられず、愛着のあるいぐねを伐ることにした。


Mさんの家では春に庭の柿の木を伐り倒している。
5月に放送したETV特集で、
その場面をラストシーンに使わせてもらった。
そのときから、
Mさんはいぐねも伐るつもりだと話していた。

木を伐り倒す光景はいつ見ても痛ましいものだ。
人間の人生より長い、
何十年、何百年かけて育ってきた木が
わずか数分のうちに伐り倒されてしまう。
福島原発事故は
数十年にわたる一族の歴史、
家族の営みを一瞬にして奪ってしまったことになる。


Mさんは木を伐採する補償を
原因を作った東京電力に求めようとした。
何十回も電話をしたが埒が明かなかったという。
東電としては、
政府が除染の手段として木の伐採を認めていないので、
補償はできないという理屈らしい。
確かに環境省の除染マニュアルでは、
年間放射線量が20mSv以下の地域においては
森林の除染は枝打ちと下草・腐葉土の除去のみで、
木の伐採は不必要だとしている。
年間20mSv以下であれば
健康被害は極めて小さいというのが政府の立場で、
ぼくの見るところ、
20mSv以下の地域においては
除染費用を出し惜しむ傾向が顕著になってきている。
Mさんが住む深野地区は20mSv以下なので、
費用をかけて木を伐る意味はないというのだろう。

政府当局に見えていない、
あるいは見えないふりをしていることは、
いくら20mSvは安全だと強調してみたところで
住民は決して信用しないという現実だ。
考えてみれば当たり前の話で、
原発の「安全神話」を散々振りまいた挙句、
いざ(起きないはずの)事故が起きてみれば、
今度は「ただちに健康に影響はない」と繰り返すのみ。
事故の収束もおぼつかない時点で
「低線量被ばくは安全」とキャンペーンを始めたのでは、
そもそも信用などされるはずがないではないか。

空間線量を原発事故以前の基準である年間1mSvに
限りなく近づけていく努力をしない限り、
住民は安心できないし、
避難している人たちが帰ってくることもない。
その単純明快な事実に政府は目を瞑って、
実態と遊離した「除染ガイドライン」をふりかざす。
現地の自治体は住民の不安と向きあわざるを得ないから、
「除染ガイドライン」が認める以上の除染をしたい。
当然、国(環境省)と自治体との対立は激化する一方だ。
その結果、
それでなくても遅れている除染がさらに遅れ、
待ってはいられない住民は
自力で(自分で費用を出して)いぐねを伐り倒し、
あるいは屋根を葺き替えるなどして「自衛」を図る。
結局、ツケは末端の現場に押しつけられるのだ。

この国で見慣れた、しかし、やり切れない構図である。






8 件のコメント:

  1. > 政府当局に見えていない、
    > あるいは見えないふりをしていることは、
    > いくら20mSvは安全だと強調してみたところで
    > 住民は決して信用しないという現実だ。

    この根深い不信感は、何なんでしょう。
    行政(の人)も一般市民も、もとは同じ人間のはず。
    なのに、豆を煮るに豆殻をもってす、みたいな態度を取られれば、信用もできないですね。

    > その単純明快な事実に政府は目を瞑って、
    > 実態と遊離した「除染マニュアル」をふりかざす。

    でもって、このマニュアルによる除染が利権化していくのでしょうか? もし、そうであれば、悲しくなります。

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    1. >珍事さん

      たぶん、ですが…利権化はしないでしょう。
      あまりに予算をケチり過ぎて、
      「利権」と呼べるほどの利益をもたらさないと思われます。
      いま懸念されているのは、
      リスクがあるにも拘わらず日当は他の公共事業と同じですから、
      除染に必要な作業員が集まらない事態ではないでしょうか。

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  2. >原発の「安全神話」を散々振りまいた
    >今度は「ただちに健康に影響はない」と繰り返す
    >「低線量被ばくは安全」とキャンペーン
    ぜんぶ米国や東欧=チェルノブイリ原発事故被災国の、猿まね、受け売りだからね…日本社会にマッチするわけが無い。西欧マッチョ的すぎてすぐ拒絶反応が起きる。こと情報統制市民監視じみた政策は小国ベラルーシを彷彿とさせる。取材を重ねていずれNスペにでもするといい。

    除染はこないだのETVで原発作業員が漏らしてたのがすべてでしょう。「日当8千円じゃ養っていけない」だから結局は被曝累積覚悟で事故原発作業に従事し、気に入られようと必死にもなる。
    除染作業も下請けピンハネがひどくて逃亡するアルバイトがぽつぽつ出ているという話も聞く。

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  3. 参考:長泥の大成さんたちと戯れに話す。
    http://d.hatena.ne.jp/geasszero/20120715
    イベントやってる郡山駅前からバイクで1時間ちょいで到着する津島、そこから20分の長泥。
    …この危機感の無さも国策がもたらしたもの。

    郡山駅のマスク着用市民にインタビューすると、「堂々と言えないんです」とニオワシ…「諸事情、健康管理のためです」などと曖昧に濁す。実質的に箝口令がしかれている…

    この1ヶ月前にも飯舘~小高~津島入りしたが、マスクのスキマを放置していたら帰宅後に吐き気、だるさ、脱力で倒れ一週間寝ていた。漢方がなかったら重症化してたかも。学童の時に顔面30sv照射のRI治療を受けており、急性被曝の症状は知っている…あきらかに今回のは同じ症状だった。そりゃ浪江町入りしたおばさんも突然死するわと思った。

    7月の津島長泥いきではマスク密着徹底もあり症状は出なかったが(津島と飯舘しかいかなかったのも功を奏したか)、もしかするとマスクでは無く「小高いり」が原因かも…あそこは事故原発11km地点だ。

    http://d.hatena.ne.jp/geasszero/20120601
    5月末のときは、小高の津波水没地帯にながく入り浸りすぎたのが原因か…南相馬に戻り711でおにぎりたべた後ぐらいから不調が出現していた。そのまま長泥、津島へ行ったがなんだか体が重く…いや小高いくまえ、強風の矢木沢峠でしばらく休憩したのが原因か??風が吹くと線量計の数値が有意に上昇する福島県内は、空中浮遊核種はまだまだ健在であるように思う。

    現地ではいつも、普段着のツーリングライダーやロード自転車サイクリストが…よくなんともないで平気だなと毎度思う。

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  4. はじめまして
    Twitterで、こちらの記事を紹介したところ
    『無料相談の弁護士さんに相談されては』とコメントがつきました。
    いかがでしょう。すでに相談されてましたらばすみません

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  5. >この国で見慣れた、しかしやり切れない構図である。
    本当に悲しいことです。
    国の無責任さ、ここ数日で話題の「復興費の無駄遣い(復興以外や住民優先ではなく使われている)」本当にやりきれないですね。
    記事を拝見していて涙がにじみました。
    福島の人を見捨て続ける国政にも官僚にも東電にも・・・腹がたって仕方がありません。

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  6. きょうMさん宅ではいぐねの伐採が終わりました。
    ご本人は「すっきりした」と仰っていますが、
    傍で見ていても辛いものでした。
    福島を実質的に切り捨てようという動きは
    今後ますます露骨なものになっていくような気がします。
    あくまで現地目線で見つめ続けていくつもりです。
    本業である放送を通してはもちろん、
    個人的に考えたことはこのブログでも伝えていきます。

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