2012年8月12日日曜日

始動した本格除染…その課題は?

南相馬市で
住民が待ちに待った「除染」が始まろうとしている。
とはいえ、作業が本格化するのは9月からで、
現在は事前調査の段階だ。
調査といっても半端なものではない。
一戸あたり20人もの調査員を投入して、
除染の対象となる範囲や現況を克明に調べ上げる。
一日がかりの作業である。


写真は80数戸が暮らす押釜地区で、
山あいにあって比較的放射線量が高いところだ。
多くが農家で、
母屋以外に倉庫や蔵など何棟もの建物が並ぶ。
「生活空間」と認められる限り全てが除染の対象となる。
屋根の調査、そして実際の除染にあたるのは、
新潟県からきた瓦の塗装業者。
専門的なノウハウを持つプロ集団を起用している。
彼らは命綱を締めて屋根に上って、
震災での損傷の具合や瓦の材質、面積などを洗い出す。
屋根の面積を実測するのは、
高圧洗浄に使う水の量を算出するためだという。


住居の裏山や「いぐね」と呼ばれる屋敷森は、
母屋から20mの範囲で下草を刈り、
落ち葉や腐葉土を除去、木の枝打ちをすることになる。
調査に同行して森に足を踏み入れると、
「20m」の範囲が想像以上に広いことに驚く。
すべて除染するのは生易しい作業量ではないはずだ。
そして、投入される膨大な労働力と時間が、
すなわち社会が負担すべき「除染費用」である。

誤解されるのは嫌なのではっきり書いておくが、
福島を安心して暮らしていける土地に戻すためには、
除染は必要不可欠である。
ネット上ではよく
「除染ではなく避難を」といった言説を目にするが、
一見すると福島の人たちに寄り添っているようでいて、
実は無責任極まりない主張だと思う。
いままでの生活を根こそぎにする避難には、
有形無形のリスクがつきまとう。
そうしたリスクが
放射線の危険性より小さいと言い切れるものではない。
単に住居を確保すればいいというものではなく、
誰もが安心して働ける環境や
長い歴史に裏打ちされた地域共同体を
他の土地に再構築するのは生易しいことではない。
多少の想像力さえ持ちあわせるなら自明のことだ。
だから、
福島の人たちを本気で支えようと思えば、
父祖の土地に残るのも安心を求めて避難するのも、
それぞれの住民に選択の自由を保障すべきで、
残りたいという人がいる限り、除染は不可欠である。
現実に、押釜地区では、
ほとんどの家に現に人が居住している。
子どもを抱えた若夫婦は線量の低いところに避難して、
老いた父母が残っているケースも少なくない。
除染して、安心して暮らせる環境を取り戻すことは、
家族がもう一度一緒に暮らしたいという
切実な思いに裏打ちされた、
地域住民にとっては当然すぎる願いなのである。

しかし、除染に至る道は決して平坦なものではない。
ようやく動き出したばかりだが、
同時に一筋縄ではいかない課題も浮かび上がってきた。
ひとつには、
除染に伴い発生する放射性廃棄物の処理問題である。
南相馬市では、
本格除染が始まるとはいいながら、
とりあえず着手可能なのは、
自前で仮置場を確保できた4行政区に留まる。
世帯数にして200余、
2万数千世帯のなかでは実に微々たるものである。
他の行政区ではまだ仮置場を用意できず、
従って除染に着手できる状態にはない。
そして、問題は、
単に仮置場の設置が遅れているだけではない。
各地で繰り返された除染実験で明らかになったのは、
当初の想定を遙かに超える量の廃棄物が発生することだ。
例えば隣の飯舘村の場合でいえば、
最大で140haの仮置場が必要だという試算が出ている。
いったん仮置場に収めた放射性廃棄物は
3年以内に
国が設置する中間貯蔵施設に運び込むことになっている。
しかし、環境省が当初想定していた
中間貯蔵施設の面積は300〜500haにしかすぎない。
飯舘村だけで140haが必要だとすれば、
国は中間貯蔵施設計画を抜本的に見直す必要があるはずだ。

(実際には、
 中間貯蔵施設の建設は未だまるで目処が立たず、
 面積の大小以前の問題で行き詰まっているのだが…。)

もうひとつの課題は、
除染費用が安く見積もられすぎていること。
国が用意した除染費は、
400㎡以内の住宅1戸あたり60〜70万円。
しかし、住民が安心できるまで放射線を下げようと思えば、
そんな金額ではとても足りないことははっきりしている。
先ほど書いたように、
南相馬では懇切丁寧な事前調査が行なわれているが、
20人の調査員を一日投入すれば、
人件費だけで20万円を上まわることは間違いない。
本番の作業にさらなる人員を投入することは明らかだから、
どう考えても計算が合うはずがない。
事前調査にこれほど膨大な費用をかけるのは、
どうやら会計検査院に書類の不備を指摘されないためで、
そうしたお役所の“帳尻合わせ”に巨費を投じるのは、
とても緊急時の対応とは思えない。
特有の形式主義のためにムダな費用が消えている格好だが、
そうしたムダをすべて削ぎ落としたとしても、
70万円程度では足りないだろうというのがぼくの実感。
事実、ひと足早く本格除染に乗り出した福島市によれば、
住宅1戸当たりの除染費用は平均120万円にのぼるという。

国は放射線量が年間20ミリシーベルト程度であれば、
健康被害が出る可能性は無視できるほど小さいと主張する。
南相馬市の場合、
押釜地区を含め、市内のほとんどが20mSvに達しない。
福島市の場合もそれは同じだ。
だから、そういう地域に対して
膨大な除染費用をかけるのは財政のムダだという意識が、
中央省庁の官僚の言動に見え隠れしているような気がする。
現に、南相馬市の除染計画も、
環境省が定めたマニュアルに比べて費用をかけすぎだと、
国からクレームがついているという話も聞く。
しかし、地元には、
20mSvは「安全」だという国の主張を信じる人は少ない。
原発事故以来の政府関係者の言動を記憶している限り、
「国は信じられない」というのが
住民にとってごく当たり前で健全な反応だと思う。
「安心」できるだけの除染を行なわない限り、
福島は決して再生しないとぼくは確信しているが、
それには現状の費用ではとても足りないのは確かだ。

つまり、国(環境省)による除染スキームは、
廃棄物と除染費用の両面から既に破綻しているということ。
いま行われているのは、
破綻が誰の目にも明らかであるにも拘わらず、
表面的な弥縫策で影響を最小限にしようという悪あがきだ。
こんなことをやっている場合ではない。
環境省はまず、
従来の除染体系の破綻を認め、
実態に合わず陳腐化した「除染マニュアル」を
撤回することから「福島再生」に取り組むべきではないか。
原発事故に責任を負っているはずの国としては、
徒らに「安全」を言い募るのではなく、
「安心」の実現にこそ全てのリソースを投入すべきである。


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