地吹雪


おととい奥尻島に入って、
きのうは一日中、誰を訪ねるともなく歩きまわっていた。
ぼくの「取材」は文字通り「足で稼ぐ」ものだ。
まずは、ほっつき歩くところから始める。
1時間でも2時間でも、写真を撮りながら歩く。
さすがに歩けない距離の移動は
可能な限り公共交通機関(奥尻では町営バス)に頼る。
時間の無駄のようだが、
車で動いていたのでは所詮は「点と線」であり、
その土地を「感じる」ことができない。
人の話や資料の文字が
生々しい肉体を持ったものとして自分のなかに定位しない。

歩きまわって土地の空気を呼吸してから、
おもむろに人に会い、本来の意味での「取材」を始める。
今日は三人に会って話を聞いた。
人に会えば会うほど簡単には整理できない細部が増えて、
頭の中で出来あがっていたはずの番組のイメージがぼやける。
取材を進めるにつれて、番組は「完成」から遠ざかるのだ。
意外に思われるかもしれないが、そういうものである。

それにしても寒い。
午後からは風が強くなった。
積もった雪の断片を強風が舞い上げる。
顔に当たる雪が痛い。
こういうとき「足で稼ぐ取材」は痩せ我慢に近くなる(笑)。
島の南端の青苗地区で三人目の取材を終えたのが16時、
町に帰るバスが17時10分過ぎだから、時間が開いている。
青苗には喫茶店はおろか、休むことができる場所もない。
どころか、水曜日はたった一軒開いている食堂の定休日で、
昼めしを食べる場所すらないのである。
(ぼくは島に唯一のコンビニでおにぎりを買って行った。)
バスの時間までは、ほっつき歩くしかない。
風が痛い。寒い。舞い上げられる雪で視界が霞む。
そのうちに日が暮れてくる。


大きな店でもあれば陳列棚を見ながらぶらぶら出来ようが、
品揃えの貧しい小さな店ばかりで、
他に客がいないとなれば時間の潰しようがない。
きょう聞いた話に出てきた場所を自分の目で確かめに歩くが、
あまりの寒さと「痛さ」で、じきに嫌になってしまった。
建物の陰に入って風を避け、バスが来るのを待つ。
時おり車が通りすぎるだけで、人通りはほとんどない。


雪道に難渋したのだろう、5分ほど遅れてバスが来た。
乗客は誰もいない、ぼくだけである。
そのまま終点まで貸し切りで乗っていった。
北海道の田舎を歩くと、こういうことは珍しくない。
終点のバスセンターには
泊まっている民宿の女将さんが車で迎えに来てくれていた。
(昨日は1時間かけて民宿まで歩いて帰った。)
運転手(女性)は女将と顔馴染みらしく、
民宿の車のすぐそばにバスを停めてくれた。
宿に帰って熱い風呂を浴び、ビールのジョッキを飲み干す。
ぼくはアサヒドライが嫌いで飲まないことにしているのだが、
そんなことを言っている場合ではない。

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