2010年4月1日木曜日

北秋田から十和田へ

きょうから4月、
総事業費95億円をかけて新築した
北秋田市民病院が開院する日である。
北秋田市が開設し、
秋田厚生連が運営を引き受ける公設民営の病院だ。

もともと北秋田市には、
厚生連が経営する北秋中央病院があったが、
老朽化が激しいため、
合併特例債を使って病院を新築することになった。
今朝は早くから
北秋中央病院の入院患者77名が
自衛隊の手によって真新しい病院に移された。
その様子をロケ。
新しい病院は、ご覧の通り、
内装に秋田杉をふんだんに使った立派な建物だ。

ところが、この病院にもお定まりの「医師不足」の影が陰鬱につきまとっている。
計画では31名必要とされていた医師が半分の15名しか確保できず、
(ほぼ全員が前身の北秋中央病院で働いていた医師で、新たに医師を集めることができなかった)
320床のところを177床で見切り発車的にオープンするしかなかった。
新しい巨大な病院ともなれば当然それだけ維持費・管理費がかさむので、開院早々赤字は免れない。
赤字は北秋田市が埋めるという契約で、初年度はおよそ4億円の赤字補填が必要だと予想されている。

建設資金は前述したように鷹巣、合川、森吉、阿仁の4町合併に伴う特例債に依拠しており、
合併協議の結果、
新しい市民病院は、鷹巣、合川、森吉の3町の町境が接するところに建てられることになった。
そのため、人口が最も多い鷹巣の駅前からタクシーで3千円以上かかる原野の真ん中に立地している。
当然、交通は不便極まりなく(時刻表で数えてみたら鷹巣行のバスは1日8本だった)、
もしそれが原因で通院患者が減るようなことにでもなれば、赤字はますます増えることになる。
建設費の償還も始まるので、北秋田市の財政は新病院の開院とともに一気に悪化することになりそうだ。
北秋田市には、もうひとつ公立米内沢病院があって、やはり医師不足による深刻な赤字が続いている。
市当局では、赤字の病院を二つ維持するのは不可能だとして米内沢病院を来春には無床化する方針だが、
失業する職員の身の振り方、米内沢病院のある旧森吉町の反発など難題が山積みである。

過疎化が進むうえに深刻な医師不足、
そこに巨額の費用を投じて病院を建設すれば財政が傾くのは理の当然で、
にも関わらず日本中で同じ轍を踏む自治体が相次いでいるのは理解に苦しむ話である。
山形県酒田市病院機構(独立行政法人)の栗谷義樹理事長(医師)は、
ぼくの取材に対して
「団塊の世代が死んでいく20年から30年後には、日本の人口は毎年200万人ずつ減る。
 それなのに35年後に完済する資金計画で巨大な病院を建てるなどは正気の沙汰と思えない」と語った。
毎年200万人の人口減という予測が妥当かどうかはひとまず措くとしても、これは正論だろう。

北秋田のロケを終え、比内、十和田湖、奥入瀬渓谷を経て十和田市に走る。
その間、2時間半の道のり。
雨が降っているのが残念だったが、季節がよければ美しいはずの風景が車窓を走り去っていく。
十和田市もまた、一昨年、163億円かけた新市立病院を建設して財政悪化に見舞われている町である。

十和田市立中央病院の蘆野吉和院長は緩和ケア、
つまり癌や老衰で避けられない死に向かって進む人たちの苦しみを緩和し、
最後までよりよく、その人らしく生きてもらうための医療に力を尽くしてきた。
高齢化していく社会を正面から見据えた医療を追求しているのに、
病院という巨大なハコを建ててしまったことに伴う負の遺産が病院のスタッフに重くのしかかっている。
本来ソフトとして追求されるべき医療が、ハードが足枷となって歪められかねないのは皮肉な構図である。
先週のロケでは蘆野院長が行っている看取りの訪問診療の同行取材をしたのだが、
きょう来てみたら、撮影させていただいた4人の方のうち3人までが亡くなっていた。
さすがに驚く。
老衰できょう亡くなった90歳のおばあちゃん(明後日が91歳の誕生日だった)のお宅に焼香にうかがう。
上海での義父の葬式からそのまま来たので黒いジャケットを着ていたのが役に立った格好だが、
…いささか死が身近に過ぎる春である。

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