2010年2月14日日曜日

釧路の夜に「人間サイズの報道」を考えてみる。

釧路での休暇の最後の一日。
夕方、
ちょっと買物とインターネットに出たくらいで、
(ネットは全日空ホテルのFLETS-SPOTを拝借)
一日の大半を我が家で過ごす。
夜は志ん生の絶品「お直し」を聴く。
昭和38年の東宝名人会での録音で、
ぼくが聴いた限り、
「お直し」はこれがベストである。
10時からは
同僚の大森淳郎ディレクターの大力作、
「裁判員へ 〜元死刑囚・免田栄の旅」をみる。
ぼくの3年後輩だが風格さえ感じさせる作風で、
84歳になった免田栄さんと
足利事件の菅家利和さんの対話、
二人でカラオケを歌うシーンなど特に凄い。
「冤罪」を「事件」としてのみ捉え、
既成の「社会問題」の枠に押し込むのではなく、
冤罪に問われた人の内面にまで入ることで人間サイズで描ききろうという志が高い。
そして、テレビが映像メディアとして本来持っている強みを存分に発揮した番組でもある。
それと同時に、
大森が「小沢の味方をするみたいな番組になっちゃったなあ」と笑っていたように、
昨今の政治・社会情勢にあまりにもタイムリーな「現在性」をきちんと併せ持っているのである。
袴田事件において、
判事が審理を尽くす前に「有罪」を決めていた(そのためにを自白調書を証拠採用した)などというのは、
本来の意味での「スクープ」というべきではないか。

我田引水、自画自賛の誹りは免れないかもしれないが、
「ETV特集」という番組は、志と質の高さにおいて現在のテレビ界で突出していると思う。
大森やフリーの堀川さん(「死刑囚・永山則夫」)ら力強い仲間たちに、ぼくも負けてはいられない。

入浴をした後、古書店で求めた児玉隆也「淋しき越山会の女王」(岩波現代文庫)を読み了える。
1970年代に活躍し、夭折したルポライター児玉隆也の代表作を収録したもので、
児玉が竹中労とともに「夢野京太郎」を名乗っていたことなど知ってはいたが、同時代には読んでいない。
情念に追い立てられるような文体が独特で(竹中労と一脈通じるものがある)、
一筋縄ではいかない現実の重層性のなかに徹底した聞き取りを武器に切り込んでいく語り口が読ませる。
(「語り口」とは、この場合、取材過程の再構成にほかならない。)
立花隆の「金脈研究」とともに文芸春秋に掲載され
田中角栄失脚の引き金をひくことになった表題作が有名だが、
ぼくには水俣病を生み出したチッソの企業体質を戦前からの社史に探る「なぜ、チッソだけが」、
軍歌「同期の桜」の作者を探して、
互いに面識はないのに、ほぼ同じ時期にほぼ同じ歌詞を書いていた二人の作者に出会う話が面白かった。

そして、巻末に収録された闘病記「ガン病棟の99日」が圧倒的である。
30代の若さで三人の幼い子供を抱えながらガンに冒された作者の不安と希望がないまぜになった心象、
そして、ガン病棟で死を見つめながら暮らす人たちの人間模様が描かれるのだが、
自分に対する、そして他者に対する人間観察の繊細さと冷静さ、根底にある暖かさが強い印象を残す。
「ルポライター」(これは竹中の造語だ)とはいっても、
社会的な「事件」の外側の貌(「枠組」と言い換えてもいい)を追うのではなく
人間が誰しも抱え込んでいる矛盾や闇の部分、
あるいは孤独や希望のなかにどんどん入り込んでいこうとする児玉の資質がよく現れているものだ。
「ガン病棟の99日」は手術を終えた児玉が「5年生存」の希望を胸に退院していくところで終わるが、
カバーの裏にある作者紹介の欄をみれば、実はその年のうちに(37歳で)亡くなっていることがわかる。
まだ幼い子供たちに心を残して死んでいっただろうこと、
女性週刊誌の記者からスタートしてようやく開花した才能に残された時間があまりにも少なかったこと…。
この本に収録されたルポはどれをとっても秀逸だが、読後感はひどく切ない。

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