2010年1月10日日曜日

ラッシュが終わった。

きょうでラッシュを見終わった。
ラッシュとは、撮影してきた映像を逐一メモを取りながら見ていくことで、編集の土台となる作業だ。
今回は新撮がインタビューを中心におよそ30時間(この数字はそれほど多い方ではない)、
その他に沙流川総合開発のダム計画が始まってから今日に至る40年間の資料映像が5時間ほどあった。
すべて見終わったので、明日は休むつもり。
わずか一日だが頭の中で素材を“発酵”させて、あさって構成を行なう予定である。
構成とは…つまり、90分のストーリーの流れを作ることだ。

今回は、番組で語るべきテーマははっきりしている。
日本の公共事業の多くが本来の目的を喪失した「事業のための事業」、
つまりダムならダムを建設すること自体が自己目的化している現実は周知のことだと思う。
沙流川総合開発事業(二風谷ダム+平取ダムの建設計画)も、
もともとは苫東工業基地(巨大石油化学コンビナートの建設構想)に工業用水を供給するのが目的だった。
それが、苫東計画はとうの昔に破綻したにも拘わらず、ダムの建設は予定通り進められ、
二風谷ダムは既に13年前に完成、平取ダムも来春には着工の予定だったのである。
番組はもちろんそうした事実関係をきちんとトレースするが、それに留まるものではない。
そもそも人間が自然に手を加えて思うままに制御しようと考えることの傲慢さを問いかけるつもりでいる。

川は、山から流れ出て海へと注ぎこむ。
つまり川を考えることは、山を考えることであり、海を考えることでなければならない(はずだ)。
然るに、日本の公共事業においては、川は川であり、山は山だ(なにせ役所の管轄が違う)。
川を所轄する北海道開発局(北海道の場合)は、
水源の山がどういう状態にあるかを考慮せず(考慮したところで何の権限も及ばないのだが)、
また海にどういった影響を及ぼすかについても考えることなく、
降水量や流量といったデータをもとに“机上の論理”でダムによる治水計画を立案する。
それはあくまで“机上の論理”なので、結果はほとんどの場合、思わぬことになってしまう。
二風谷ダムがその典型だが、
上流の山が崩れやすい堆積岩地帯であることに加えて乱伐で荒れているので、
雨は河岸の崩落を生み、大量の土砂を流し、あっというまにダムが土砂で埋もれてしまうことになった。
ところが、その邪魔者の土砂は本来は下流で必要なものであり、
それをダムで止めてしまったがために、
土砂の供給を断たれた下流では河床がえぐり取られ、海岸浸食が深刻化することになった。
云わば、人間が川のど真ん中にダムという巨大な建造物を造ることによって自然の摂理を変えたのである。
そして、それに起因する自然の“しっぺ返し”を受けることになった。

実はこのテーマは、ぼく自身、かつて一度手がけたものだ。
1987年に放送された「ぐるっと海道3万キロ・あばれ黒部が牙抜かれ」である。
だから、ある程度の目算は立っている。
難しいのは、今回の番組では、
この「自然を征服しようとしてきた人間の驕り」というテーマの裏側にぴったりと張り付いた、
もうひとつの大切なテーマがあるからだ。
つまり、「北海道の先住民族たるアイヌ民族の復権」である。

沙流川総合開発計画が生まれた1970年前後、
国は流域に暮らすアイヌ民族のことなど全く考慮していなかったのは間違いあるまい。
第一、「先住民族」はおろか、「民族」としてさえ認めていなかったのである。
それが萱野茂さん、貝澤耕一さん(今回の番組の主人公的な存在)による裁判闘争につながり、
初めてアイヌを先住民族として認め、二風谷ダム建設を「違法」とした1997年の札幌地裁判決にまで至る。
ダム建設のメリットだけを追求し、
先住民族であるアイヌの文化を破壊するというデメリットを一切考慮しなかったゆえに、
二風谷ダム建設を「違法」と断じたこの判決はその後の沙流川総合開発事業の進展に大きな影響を与えた。
予定されたもうひとつのダム、平取ダムの建設を前に、
北海道開発局はアイヌ文化に対する徹底的な事前影響調査(アセスメント)を行ない、
しかも、その調査の遂行と取りまとめをアイヌを中心とする地元の住民の手に託したのである。
その結果、アイヌの血を引く多くの若い人たちがこの調査に従事し、
祖先のアイヌたちが育んできた精神文化に触れ、意識を高め、自信を深めることとなった。
この調査が単なる調査に留まらず、文化の保全対策にまで踏み込んだことで、
公共事業実施に関する先住民族の発言権を担保し、「民族自決」につなげようとする動きの萌芽も生じた。
云うならば、ダムをきっかけに「アイヌ文化のルネッサンス」への胎動が沙流川流域で始まったのである。

40年前、高度経済成長時代の落とし子である苫東工業基地構想とともに生まれ、
その後は本来の意味を失ったまま生き長らえてきた沙流川総合開発のダム計画は、
いま砂に埋もれようとする二風谷ダムとともに、
「アイヌ民族の復権」という
当時は誰一人考えもしなかったであろう果実を残して事実上の終焉を迎えようとしている。
(民主党政権の公共事業見直しによって、平取ダムの着工が凍結、来年度の予算は計上されなかった。)
その歴史の皮肉を描きたい。
それにしても、複数のテーマが絡みあい、錯綜する40年の物語…これは難物である。

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