ライフワークの“続編”

ちょっと気合いを入れて企画をいくつか書いて、自分の仕事を次回作、次々回作まで決めた。
次回作は、
先日の「社長たちの決断」を追加取材を入れて再構成した総合TVの年末特集(12月25日放送)。
次々回作は、
民主党政権になって着工凍結が決まった北海道の平取ダムの問題を取り上げる(来年2月放送予定)。
またしても北海道ネタなので忸怩たるものはあるが、
ぼく自身が延々追ってきたテーマなので、これはやむを得ない(…と自分を納得させている)。

平取ダムは、
下流に既に完成している二風谷ダムとあわせ、「沙流川総合開発計画」の中核をなすダムだ。
高度経済成長の時代、
新全総で構想されていた「苫小牧東部工業地帯」に工業用水を供給するために計画された。
しかし、苫小牧東部工業地帯(苫東)計画は
オイルショックの影響もあって頓挫し、工業用水の必要はなくなった。
それでも止まらないのが「日本の公共事業」で、
二つのダムは治水中心の「多目的ダム」として建設が推し進められてきたのである。
ぼくがこのテーマに関わり始めたのはいまから21年前の1988年12月で、
二風谷ダムに土地の売渡しを拒んでいた二人のアイヌ、
貝澤正さんと萱野茂さん(後に参議院議員)に対して土地の強制収用が決まる直前だった。
二人は土地が強制収用されても一歩も退かず、徹底的に戦った。
1992年に貝澤正さんが亡くなると、
ダムとの戦いは長男の耕一さんが引き継ぎ、やがて法廷の場に持ち込まれる。
ぼくは途中釧路に転勤した時期を挟んで、
アイヌを「先住民族」として認め
二風谷ダム建設を「違法」とする歴史的な判決(1997年)が出るまで、
このテーマを執念深く追い続けた(なんやかやで8〜9本の番組を作ったと思う)。
云わば、我が北海道時代の「ライフワーク」のようなものだった。

平取ダムは、
二風谷ダムが「違法」とされても、
「洪水調節のためには二風谷ダムだけでは不充分」だとの理由で建設が続行されたものである。
もっとも、まだ本体の工事には入っていない。
八ッ場ダムや、日本の多くの公共事業に共通することだが、
工費は膨れ上がる一方で、本当に必要な事業なのか、疑念もまた膨れ上がるばかりであった。
来年度から本体工事に入る予定だったが、
今回工事が凍結され、どうやら事業中止にまで至りそうな雲行きである。
そして、その間に、二風谷ダムは想定を遙かに上まわる速度で堆砂に埋もれつつある。
このままでは、
かつての清流・沙流川に、
裁判で「違法」とされ(国が控訴しなかったため、この判決は確定している)、
そのうえ砂に埋もれてしまった役に立たないダムがひとつ残るだけの話になってしまう。
何という徒労、何という愚かしさ…。

ぼくは1998年に管理職として旭川に転勤し、2000年からは活動の舞台を東京に移した。
そのため、いつのまにかこの問題から遠ざかってしまっていた。
(判決が「違法」で決着したため、その後の展開を見いだせなかったこともある。)
かつてあれほど通った二風谷だが、
東京に転勤して以来、萱野さんが亡くなったときを除いて訪れることはなかった。
それが今回また腰を据えてこの里に通うことになりそうだ。
旭川取材(「社長たちの決断」の続編)とあわせ、
今週の木曜日から11月いっぱいまで、また北海道に通い詰める日々が始まることになる。
平取ダムの番組には、
かつて10年にわたって撮り溜めた二風谷ダム関連の映像もふんだんに使うつもりだ。
10年の歳月を経て「ライフワークの続編」を作る機会を得たことは、
ドキュメンタリーの作り手(=記録者)として、とても恵まれたことだと思う。

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