上田良一NHK会長への手紙

ぼくが3年前の定年退職まで所属していた
NHKの番組制作局文化福祉番組部が、
業務改革に伴う組織改編で〝解体〟されるとの報道があった。
予期せぬことではなかったが、
やはりショックであり、問題だと思う。
自分が所属していた部署への愛着という以上に、
公共放送のあり方に関わる本質的な問題がそこにはある。
やむにやまれぬ気持ちで、
一面識もないNHK会長の上田良一氏に手紙をしたためた。
メールで送ろうとしたが、
NHKの「御意見メール」は400字以上の文章を受け付けない。
そこで短縮版を既定のフォーマットで送るとともに、
このブログで全文を公開することにした。
ぼくのメールが上田氏に「届く」かどうかはわからない。
しかし、このブログを読んでくださる市民・視聴者、
つまりNHKのスポンサーであるみなさんには、
「届く」ことを願ってやまない。

(夕暮れのNHK放送センター・2006年撮影)


NHK会長 上田良一様

先ほどNHK宛てにメールを差し上げました
2016年1月をもって定年退職いたしましたOBの一人です。
400字以内と定められたNHKへのメールでは思いを尽くせず、
こうした形で公開させていただく失礼をお許しください。

私は1979年の入局以来、退職に至るまで、
一貫して番組制作に従事してきました。
2000年に現在の文化福祉番組部に配属され、
以降、東日本大震災後3年間の仙台局勤務をはさんで、
退職まで「ETV特集」班に所属しておりました。
「ETV特集」の在籍期間はおそらく歴代で最長と思われます。
報道によりますと、
その文化福祉番組部が
組織改編によって消えようとしているとのことです。
組織改編による業務改革を否定するものではありませんが、
管理職を含む部の全員が
今回の「分割」案に納得していないと報じられていることに
強い危機感を覚えずにはいられません。
モチベーションが高く、実績を上げている部署を、
現場の反対を押して解体することが、
良い結果につながるとはとても思えないからです。

私は敢えてこの件に関して後輩諸氏とは連絡をとっておりません。
ですから、これから書きますことは、
一人のOBとしての私の個人的な見解です。

文化福祉番組部で制作しました番組が
如何に多くの放送に関する賞を受賞してきたかについては、
会長におかれましては先刻ご承知のことと思います。
確かに視聴率の上がらない地味な番組が多いのですが、
社会的に高い評価を受けることで、
NHKに対する視聴者(市民)の信頼を高めることに
一際抜きんでた貢献をしてきた事実は疑いありません。
私自身、在職時代、
取材現場で視聴者のみなさんから、
「ETV特集があるから受信料を払っている」
「いままで不払いを続けてきたが、
 ETV特集を見て受信料の支払いに応じることにした」
などと言っていただくたびに
どれだけ勇気づけられたかしれません。

芸術祭賞や放送文化基金賞、
あるいはギャラクシー賞などについてはご承知でしょうから、
おそらくご存知でないであろう地方の小さな賞について書きます。
札幌在住の方々を中心とした市民が
優れた新聞記事、番組などを勝手連的に顕彰して、
市民の側からマス・メディアの質的向上に協力しようという
「メディア・アンビシャス賞」です。
当時、北海道大学にいらした山口二郎先生(現・法政大学教授)、
中島岳志先生(現・東京工業大学教授)らが呼びかけて、
2009年から活動を開始しています。
年齢も職業も様々な、
さらに言えば政治的な立場の一致を前提としない、
まさに自由な市民(視聴者)の集まりです。
このメディア・アンビシャス賞の第一回大賞に
フリー・ディレクター堀川惠子さんが作られましたETV特集、
「死刑囚 永山則夫」が選出されました。
そして準大賞には
不肖ながら私の作りました
「夕張 年老いた町で」が選ばれています。
私は2005年に
NHKスペシャル「タクシードライバーは眠れない」で
芸術祭優秀賞をいただいておりますが、
視聴者が「勝手に」選んでくださった賞、
さらに堀川さんのETV特集とのW受賞とあって、
そのときよりも嬉しかったことを鮮明に記憶しております。
そして、翌2010年には、
私のETV特集「あるダムの履歴書」が大賞をいただきました。
さらに第3回の2011年には、
同僚の七沢潔、大森淳郎らで作りました
ETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図」が大賞に選出。
この番組はこの年の芸術祭大賞を始めとする
テレビ関係の賞を総なめにいたしました。
第4回はETV特集「失われた言葉を探して」が入選、
第5回もまたETV特集、
「海の放射能に立ち向かった日本人」が大賞を受賞しています。
その後もほぼ毎年、
文化福祉番組部が作りました番組が受賞を続けます。
これはNHKの番組だけを対象にした賞ではありません。
北海道で見ることができた番組であれば、
民放、ローカル放送も含めた全番組が対象になります。
そのなかでこの受賞率の高さは
ほとんど「異常」といってもいいものです。
口幅ったいことを申し上げるようで恐縮ですが、
文化福祉番組部が手がけてきた番組が
如何にNHKの〝企業イメージ〟の向上に貢献してきたかが
ビジネスマンでいらっしゃる会長には
よく御理解をいただけるものと思います。
これだけの実績を上げている部署を
なぜ〝解体〟する必要があるのでしょうか?
私は疑問を禁じ得ません。

会長が御存知であるはずもない過去の話をいたします。
1980年代後半のNHKの話です。
当時は、政治部出身の島桂次氏が、
専務理事、副会長、会長と
出世街道を駆け上がっていく時期でした。
私は当時三十歳そこそこで、
「教養」というセクションで
ドキュメンタリー的な番組作りを手がけておりました。
島氏はドキュメンタリー番組に否定的で、
私たちは日々、強い逆風を感じながら仕事をしていたものです。
あるとき、島氏の腹心だった幹部に呼びつけられた私たちは、
「君たちは問題意識で番組を作っているのか」と叱責されました。
もちろん、ジャーナリストである以上、
常に問題意識を持ちながら番組作りを続けておりました。
それがなぜ叱責されなければならないことなのか、
私たちには全く理解できませんでした。
(いまに至るも理解できません。)
私たちが属していた「教養」は度重なる組織改編で解体され、
教養ドキュメンタリー番組の系譜も先細りとなっていきました。
実は、前に名前を挙げました七沢、大森、
さらに文化福祉番組のプロデューサーとして辣腕を振るい、
芸術祭などで突出した受賞歴を有する塩田純も、
当時「問題意識で番組を作っている」ことを叱責された仲間です。
かつて番組制作者としての基本姿勢を否定された者たちが、
その15〜20年後、文化福祉番組部というプラットフォームを得て、
社会から高く評価される番組を作り続けたという事実を
会長はどのようにお考えになるでしょうか?

自分たちの「実績」を誇るような物言いは本意ではありません。
しかし、会長におかれましてはぜひ、
公共放送として
「視聴者の信頼」を得ることの大切さを
お考えいただきますよう切にお願いするものです。
これだけ多くの賞をいただき、
高い〝視聴質〟を誇る
番組作りを続けてきた部署を解体するとすれば、
それはNHKという組織が
社会的な評価を一顧だにしないという事実を
内外に広言することに他なりません。
それは長期的に見れば、視聴者の信頼を失うことです。

30年前の過ちが再び繰り返されることのないよう、
一人のOBとして心の底から願う者です。

米原尚志 拝



コメント

  1. 近年でいちばん全体主義の足音を感じたニュースでした。
    引き続きNHKの良心の奮闘を祈念しております。

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  2. 貴殿の先日のtweet→
    (参照)https://twitter.com/toriiyoshiki/status/1096262264238202880
    を吊るした形で、以下のtweetが在りました。
    →(参照)https://twitter.com/gaitifuji/status/1096705585628598275

    もう、良い番組は視聴者が褒めよう、の路線は無理なのでしょうかね。
    私達が、「匙を投げる」事を意図的に狙っているとしか思えないですし。

    最近TVを利用する時は、BDレコーダーからCDを再生して、アンプ・拡声器代わりに
    する事の方が多い程の惨状です。

    久しぶりの「現代劇」なのに、この惨状→
    https://twitter.com/JBpress/status/1097970439278583808

    昔放送していた、山崎豊子氏を原作にした「山河燃ゆ」。
    今の時代では、放送困難な題材に成ってしまいました。

    何故か来月、TV東京でこの「原作」が2夜に渡って放送されます。

    「山河燃ゆ」の一番古い歴史的出来事は、226事件なので、そこが原作と異なっていましたが、果たして出来栄えはどうなるのでしょうか。

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  3. 映像取材を約20年前に退職したものですが、残念です。テレビは日々だんだん見なくなり、なかでもNHKニュースは最も忌むべき番組になりました。NHKラジオを聞くか?いえ、文化放送を聞いています。批判精神が感じられます。最近、政治部がニュース原稿を書かず出稿しなくなったように感じ、芸能やスポーツ、生活情報がいまより幅を利かせるのなら、今後記者はいらなくなるだろう。むしろAIに原稿を書かせて、AIがニュースのオーダーを決めれば良いと思っていたところへこの報道に遭遇し、わたしの読みがまんざらでなかったとほくそ笑んでいます。記者、ディレクターは消滅するのでしょう。目指して入ってくるものだって減るでしょう。官房長官の談話を流すだけのニュース機関に、受信料は納めません。いっそテレビは物置へしまいます。

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  4. ETV特集は内余の深い番組で、家族ともども、これまでとても楽しみにしてきたものです。
    番組の改革との美名のもとで、改悪されることのないように望みます。
    私は戦史資料や外交文書など)を調べにゆくと、時にNHKの方が調査に来ている場面に
    居合わせることがあります。
     また最近ですが、ナチが障害者を抹殺するT4作戦の展示を見る機会がありましたが、これ
    はETV特集の内容をもとに、障害者連盟(正しい名称は不肖)展示したものです。
     朝の連続ドラマはなかなか面白く見るのですが、しかし、その後に続く、昨年までの有働アナ
    ウンサーたちの、社会に潜む多々の問題性を解説しながら真相に迫る番組は楽しみでした。
    しかし、彼女たちのチームを分階に追いやる番組改編は、戴けません。今では朝ドラが終わると
    同時に電源を切るのが、習慣となっている我が家です。
    NHKは私たちが視聴料を払っている、私たちのメディアではありませんか!公器であることの
    自覚を持つよう求めたいと思う次第です。
    ニュースが政府見解を流すだけのものではなく、ニュースの持つ意味、真相の報道をするよう
    求めます。大本営は戦争指導者の虚偽放送に終始した結果、敗北となったこと、自覚されたい。

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  5. 最近NHKが以前に比べ面白くない理由が分かりました!最近面白いのはチコちゃんぐらい。チコちゃんだってかつてのドキュメンタリー班の底力の上に成り立っているのです。天下のNHKが残念ですね!1980年ごろ丁度ヨーロッパの転換期と同じ頃 NHKも大きな転換期を迎えていたのですね。文化の破壊という。返す返し残念です!

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  6. かつて『現代の映像』『新日本紀行』またベトナム戦争さ中でもあり、海外情報も多く子供ながら現実を肌感覚で覚えました。ドラマの秀作も多い中、1970年頃の「天下御免」は現実との同時進行性で、当時中高生の私が社会と政治の関連性を平易に身に付けられた作品でした。
    2005年に発覚した安倍氏の政治介入をきっかけに一時受信料拒否。今はETV特集・こころの時代・その他ドキュメンタリーの秀作を視る為に受信料を支払っています。ニュースの政府広報化・情報番組のバラエティー化に異議はありつつ選択の余地があるのでNHKそのものの排除論に与せず、良心を支持し貴重な内容をツイッターで発信することもありました。政府からの資金は無いのに"株主"である視聴者の意見が無視されるなら経営形態の破綻、経営陣の無能として諦めるしかないのでしょうか?
    上田会長が経済効率を盾に政権にすり寄り組織改編を強硬するなら、政府が庶民を馬鹿にしていると同じく視聴者を馬鹿にしているとしか思えません。
    視たい番組を奪われて、受信料拒否を非難される筋合いはないと思います。

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  7. まわりでは、NHKは死んだ・・・というコメントが多い中、新聞の番組表から勘で探し当て、
    息を飲んで視聴したNHKのドキュメンタリーの質の高さについて力説してきた者です。その問題のNHKの中に必死で守るべきものを死守しようとしている方々がいるはず・・・、と。

    我が家の壊れかけた録画機の中にはそのような作品がいくつも記録されています。その中で絶対消せないと思っている作品の筆頭が、堀川恵子さんが関わった「永山則夫」です。また、BS1で放送された「父を捜して(?正しいタイトルではないかも)」これも驚くべき長編作品です。ここまで深く、丁寧に調査し、取材し、作品として纏めて下さったみなさんに深く深く感謝と敬意を表します。

    壊れかけた録画機はDVDにダビングする機能もダメになっており、そのまま怖々繰り返し再生しております。本当はダビングしたDVDをまわりのみんなに見せたいと思い続けているのです。

    そのような作品たちを、番組を、問題意識を追求しつつ製作されてきたグループが解体されるという動きを絶対阻止したいです。NHKのこの動きについては、今日仲間からメ―リスで回ってきました。私も周りに伝え、できるだけ声を上げて行きます。できることがあれば、教えて下さい。

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  8. このページへのアクセスが5000を超えました。
    ありがとうございました。
    ちなみに放送文化基金賞などを受賞しました「父を捜して」も
    文化福祉番組部の制作(プロデューサー塩田純)です。

    みなさんにお願いしたいことは、
    もし心に残った番組があれば、
    お手数ですがNHKに電話なりメールをしてください。
    (形に残るメールの方がいいかな?)
    そうした積み重ねがその番組を「守る」ことにつながります。

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