東京オリンピックの「憂鬱」


9月8日の朝は早起きをした。
ある事情があって午前6時に目を覚ましたのだが、
その「事情」はとりあえずここでは関係のない話である。
ぼくにはその時、
そうはならないようにと心から願っていたことがあった。
目を覚ましてすぐ、
祈りが届かず、それが起きてしまったことを知った。
2020年のオリンピックの東京開催が決まったのである。
朝から憂鬱な気分に落ち込んでしまったぼくは、
眠れないままにtwitterに次のような呟きを投稿した。

「オリンピックが東京に決まって暗い気分の朝になる。
 オリンピックを
 東京に誘致しようとしてきた人たちのほとんどが
 景気浮揚とかお金の話ばかりしていたのが
 たぶんコトの本質である。
 これでまた大型公共事業が濫発され、
 東京はますます住みにくい街になるのだろう。
 東京で老後を過ごす人間には迷惑な話」
 
「ぼくは日本は
 『調和ある衰退』への道を模索すべきだと考えている。
 少子高齢化と
 その結果の人口減に直面しなければならない社会に
 『経済成長』はもはやあり得ないと思うからだ。
 東京オリンピックの“幻想”は
 本当に必要な取り組みを何年も遅らせることになる。
 それが残念だ」
 
オリンピックの開催が決まってから、
テレビは熱に浮かされたように祝賀ムード一色になった。
ぼくとしてはますます憂鬱な気分にならざるを得ない。 
オリンピック開催を好感して株が全面的に上がったとか、
とりわけゼネコン株の値上がりが目立つとか、
経済効果が3兆円だとか、
予想していたことだがお金の話ばかりが先走っている。
最近つくづく思うのだが、
日本人は過去の過ちに学ぶことをしない民族ではないか。
公共事業の景気浮揚効果は
もはや事実をもって否定されているはずである。

かつて公共事業には確かに経済波及効果があった。
建設会社が儲かれば、
仕入れや働いている人たちの飲み食いで
地域の隅々にまでお金が回っていったのだろう。
しかし、その“回路”はいつしか閉ざされてしまったようだ。
ぼくはその事情をつぶさに知らないのだが、
おそらく、
建設会社(ゼネコン)が「世知辛く」なったのではないか。
いまや公共事業に投じたお金は
ゼネコンの周辺のごく一部の世界にしかまわらない。
バブル崩壊以降、
日本政府は景気回復を図って
幾度かの大型公共投資を行ったが、
いずれもカンフル剤ほどの効果もないままに終わっている。
典型的には
1990年代に景気浮揚策として“活用”された
地域総合整備事業債、いわゆる「地総債」である。
全国津々浦々に無意味としか思えないハコモノを作り、
地方自治体の財政悪化を招いただけで終わった。

今後予想される「オリンピック特需」は
もっと酷いことになりそうな気がしてならない。
もうこれ以上掘っくり返しようなかった東京は、
オリンピックの名を借りた
スクラップ&ビルドの荒波に洗われるだろう。
競技場の建設、選手村の建設、道路の整備…
騒音と渋滞、土地の思惑買いに伴う地価上昇…
ますます暮らしにくい街になるのは間違いない。
ぼくはオリンピックの年には64歳、
経済生活の一線を退いて「高齢者」を目前にしている。
東京にマンションを買ってしまったので
たぶんそのときも東京で暮らしているだろうが、
静かな落ち着いた暮らしなど望むべくもなさそうだ。
そして、
終わってみれば泡沫(うたかた)の夢、
日本経済はますます疲弊していることだろう。
twitterに書いたように、
“幻想”に目をくらまされた結果、
真の意味の構造改革が後回しになるからである。

そしてもうひとつ心配なのは、
安倍政権の「国土強靭化計画」に
(「国土狂人化計画」ともいう…w)
今回の「オリンピック特需」が加わることで、
復興に必要な人、モノ、金が
東北にまで回らなくなる可能性が強いことだ。
現在すでに復興事業の入札不調が続いているが、
その傾向にますます拍車がかかるのは間違いない。
原発事故の収束を含む東北の復興、
そして来るべき超高齢化社会への適応に
持てる資源(リソース)を集中すべきときに、
官民をあげてオリンピックを開催する愚かさは
どんなに罵っても罵り足りない思いがする。



コメント

  1. 既に建築関係は、消費税増税前の駆け込み需要で、
    プチバブルの状況ですからねぇ。
    そこにオリンピック需要が加われば、人・カネ・モノは、
    更に被災地よりも条件の良い方に集中するでしょうからねぇ…。

    ヨレヨレの所に、ヒロポン打って無理矢理元気に
    見せている様な現在の日本経済に、
    更に強いクスリを打ち込むようなオリンピック特需。

    クスリが切れた後の日本を想像すると…。

    バブルが弾けた後に『失敗の本質』って本がベストセラーに
    なった筈なんだけどなぁ(泣)。

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    1. あれま、お返事遅くなりました。
      すっかりご無沙汰をしておりました。
      同じ過ちを繰り返すのはこの国の宿痾ですねえ。
      30年くらいたってから、
      なぜあのときオリンピックを…とほぞを噛むことになるのでしょう。

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  2.  遅ればせながら、他の方のRTで拝読。すぐにまたRTさせていただきました。心から同感であります。

     申し遅れました。ETV特集のディープなファンです。「“復興”はしたけれど」楽しみにしております。
     神戸のこと、これもまた人災の側面が大きいのですが、震災、特に火災の遠因にはいわれのない制度的な差別の存在を否定することはできません。燃えたところと残ったところ、そこには明確で冷酷な境界線がありました。メディアが触れない/触れられないけれどもたいへん重要な問題だと考えています。

     白状いたしますと、83年入局、金沢、北京、報道局国際部の記者をしておりました。90年に廃業し、今はまったく別の稼業です。あ、ヤメ記者にありがちな協会への恨みつらみはまったくありません。自ら身を引いたのですから。今なお感謝し、誇りに思っております。
     もしかしたら私より早い入局の先輩ではないかと拝察いたしております。

     そういえば、「ガタロさん」、抑制されたストーリー展開の中に「見る側の饒舌」を呼び覚ますような不思議な魅力がありました。ナレーターの小野塚アナは金沢で一緒でした。2年上の入局だったかと思います。

     よけいな話までして申し訳ありません。

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    1. 大﨑さん。
      私は79年、釧路の入局です。
      局長より年次が上という超ロートル、
      「究極の窓際族」に成り果てていますw
      それはともかく。
      東京オリンピック、うんざりするのを超えて腹が立ってきました。
      招致が決まったとたんに予算不足を明らかにするのは、
      詐欺同然じゃないでしょうか。

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    2.  お忙しい中、お返事たいへん恐縮です。
       釧路ですか。いいところですね。ETV特集で大道寺将司死刑囚が釧路湖陵高校の卒業生で、私の現在の勤務校で学んでいたことを初めて知りました。辺見庸/秀逸さんは北京駐在のときに特ダネをモノにした結果、国外追放処分となりました。酷寒の中、北京空港に同業他社の若造として先輩記者を見送りに行きました。
       同期の記者で初任地が釧路だったのは、秋吉です。重なる年がありましたか?
       仙台、震災のときにはアナウンサーの杉尾がいましたね。今は故郷の宮﨑に「綿」を飾っていますが。彼は同期で金沢に一緒に赴任し、3年一緒でした。
       大学の教員になってから、しばらく北大にもいましたので、北海道も大好きです。

       「詐欺」の話、こんなリツイートをしました。https://twitter.com/yuji_george/statuses/379399454706524160
      https://twitter.com/yuji_george/statuses/377787445539917824

       「東北」の処遇についても怒っています。
      https://twitter.com/yuji_george/statuses/377789152378368000

       いやいや、ひょんなことからすみません。お返事は不要です。今後ともよろしくお願いいたします。

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  3. つい先ほど『民意のつくられかた』(斎藤貴男著)を読み終えました。2016年のオリンピック招致を巡って、どのように民意が作られたか、に1章が当てられています。

    コンパクトな開催を謳うべく、競技場を「既存」「新設」に分け、「ほら、既存が○%と多いんですよ」とアピールする。でも純粋な「既存」でない。

    既存の「施設」を壊して、その同じ場(会場)に一層巨大な施設を作り直すとか。だから「既存(施設)」でなく「既存(会場)」なんだとか。

    詐欺同然ですね。同書P138には、都の招致推進部施設担当課長に迫ったヤリトリが再現されています。

    2020年も、2016年と同様なのでしょうか? 詳細は分かりませんが、嘘を平気でつく方々のやることだから、2020年招致でも同様のレトリックがあったと思われ、悲しくなります。

    東京開催は、一スポーツファンとしてはうれしいのだけれど、複雑な心境です。

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