NHKの〝お客様〟について考える

ブログ「上田良一NHK会長への手紙」を公開して、
あまりの反響に自分自身で驚いた。
ぼくのブログは200人にも読んでいただければ上々の
基本的にマイナーなものである。
それが公開以来2日半で4千人もの方々に読んでいただいた。
様々なルートで多くの方からのメッセージも受け取っている。
(すべての方に返信できないことをお詫びします。)
NHKのOBや旧知の出演者の方々もいるが、
ほとんどは未知の「視聴者」の方々である。
こちらが驚くほどNHKの番組をよく見てくださっており、
ETV特集やハートネットTV、
あるいはNHKスペシャルなどを
熱く支持してくださっていることを大変心強く、
一人のOBとして涙が出そうなほどにありがたいと思った。
しかし、その一方で、
いささか背筋が冷たくなる思いもある。
愛着のある古巣・NHKはいま、
最もコアで熱心な“お客様”を失いかねないところに来ていると…。
NHKを愛してくださる視聴者の声に対して
木で鼻をくくったような対応をしてしまえば確実にそうなる。
(最近のNHKはやりかねないところがあって、ちょっと怖い。)

ぼくは今回の組織再編は
基本的には“コップの中の嵐”だと考えている。
報道への介入体質が指摘されている安倍官邸とはいえ、
文化福祉番組部などというマイナーな部局を解体せよなどと、
瑣末なことを言ってくるとは思えない。
だから、純粋に「業務改革」の一環である可能性もあるが、
それならそれで
もっと“マーケティングリサーチ”をして欲しかったとは思う。
“内向き”の議論に終始して
肝心のお客様の意向を無視しては何事もうまくいかない。

多くのNHKファンからブログへの反響をいただいて、
ぼくには見えてきたことがある。
「マーケティングリサーチ」というほど大袈裟なものではないが、
それについて書いてみたい。

NHKの支持層は高齢者であると長年言われてきた。
視聴率から判断する限り、その通りである。
税金感覚で受信料を払ってくださるサイレント・マジョリティ。
今回、様々のかたちで私に連絡をくださった方は、
それとはかなり異なっている。
インターネットとの親和性もあって年齢層は比較的若い。
もちろん、
視聴者は制作部局で番組を選んでいるわけではないので、
福祉や日本社会の矛盾を扱った番組、
日本社会のマイノリティに光を当てた番組
(往々にして「差別」問題が関わる)、
戦争や憲法、沖縄など現代史の検証番組など、
文化福祉番組部が得意としてきた分野の
他部局が制作したものも含む
NHK番組の熱心な視聴者が分析対象となる。
年齢や職業についてはお書きになっている方が少ないので、
文面やネット上で公開されたプロフィールからの
類推であることをあらかじめお断りしておく。

前にも書いたが年齢層は比較的若い。
といっても二十代は少なく、三十〜四十代が中心だろうか。
男性よりも女性の方が多い。
子育て世代で、専業主婦ではない人たち、
あるいは専業主婦でも
例えば福祉系のNPO活動に参加している方、
社会的関心が強く、男性も含め、知的探究心が旺盛。
テレビ業界には「猫が見ていても視聴率」という言葉があるが、
そうした“ながら視聴者”ではなく、
おそらくは選択視聴の傾向が強いだろう。
見たい番組であれば録画して
時間があるときにじっくり見るといった視聴スタイル。
「品質が良い商品(テレビ番組)であれば、
 お金(受信料)を払って買う(視聴する)」という、
言わば“意識的な消費者”のみなさんである。
そして、そうした方々の圧倒的多数は、
現在の安倍政権に対して批判的であるようだ。
残念なことだが、
現在のNHKニュースは〝安倍寄り〟で、
公正中立を逸脱しているとの強い不信感をお持ちの方が多い。

一部の政治的に偏向した人々であるとの批判を
あらかじめ回避するために、
文化福祉番組部が手がけてきた膨大な番組群のなかから
文化庁芸術祭で受賞した、
つまり「国に認められた」番組をリストアップしておく。

いわゆる〝規制緩和〟の暗黒面にスポットを当てた
NHKスペシャル
『タクシードライバーは眠れない』(2005年優秀賞)、
いわゆる「南京大虐殺」を
「虐殺」という言葉を一切使わず客観的な記録から検証した
NHKスペシャル『日中戦争』(2006年大賞)、
日本国憲法の成立過程を検証し、
いわゆる「押しつけ憲法』ではないことを明らかにした
NHKスペシャル『日本国憲法誕生』(2007年優秀賞)、
原発事故の汚染実態と
汚染に晒されながら生きる人々の姿を描いたETV特集
『ネットワークで作る放射能汚染地図』(2011年大賞)、
サリドマイド禍被害者の現状に密着取材した
ETV特集『薬禍の歳月』(2015年大賞)、
手話で生きる子どもたちをテーマとした
ETV特集『静かで、にぎやかな世界』(2018年=去年・大賞)。

こうして書き記すとあらためて、
〝文化福祉番組部はNHKのホームラン王〟
だとの思いを深くするが、
上記のような番組を熱心に見てくださる視聴者が
〝反知性主義〟の傾向が強い安倍政権の
支持層とは重なり合わないだろうということも容易に想像がつく。

要するに、
「上田良一NHK会長への手紙」を書いたことで浮かび上がった
NHKの熱心な視聴者の平均像は、

「政府の広報機関としか思えない
 NHKニュースは信用できないが、
 NHKスペシャルやETV特集、
 ハートネットTVが好きなので受信料を払っています」

という人たちだ。
実際にこれとほぼ同じ文面のメールを多数いただいている。

一方で、
安倍政権のコアな支持者と思われる人たちからの声も
ぽちぽちではあるが聞こえてくる。
その多くがニュースと番組の区別なく、
NHKは「反日放送局」だとお考えである。
NHKは分割民営化すべきである、
NHKは政府見解を正しく伝える国営放送化すべきだ、
と書いてこられる方はまだしもで、
NHKの外国人職員の比率を明らかにせよ、
と書いていらっしゃる方が少なくない。
NHKは中国人だか韓国人(朝鮮人?)だかに支配されていると
本気で思い込んでいるのである。
こうした方々はおそらく実際にはNHKを見ていないし、
受信料も払っていらっしゃらないのではないか。

こう書いたからといって、
NHKの熱心な〝お客様〟には反安倍政権の傾向が強いので、
NHKは反安倍のスタンスをとるべきだと
そんな馬鹿げた主張しているわけではもちろんない。
放送はあくまで自主自律であるべきだ。
しかし、NHKのコアで熱心な視聴者の信頼にもとる行為、
少なくとも誤解を生むような行為は厳に慎むべきだと思う。
背景に政治的意図が全くなかったとしても、
支持者の誤解を招きかねない組織改編を不用意に強行すれば
NHKの自殺行為となりかねない。

NHKの組織体質を知るぼくとしては、
いま一番怖れているのは、
ことの理非を棚上げにして
情報流出の〝犯人探し〟が始まることである。
そうなりかねないのを知っているので、
この件に関して現役の後輩諸氏と連絡をとることもできない。
しかし、NHKの執行部が、
これが組織規律に反する「情報流出」だと考えているとすれば、
公共放送として思い違いも甚だしいとぼくは思う。
受信料を払ってくださる〝お客様〟は、
同時にNHKの言わば〝株主〟でもある。
株主に対して可能な限りの情報を公開するのは
企業として当然のことではないか。
ましてや受信料で成り立っているNHKは、
民間企業以上に、そうした透明性を求められるはずである。
たかだか組織改編案に過ぎないものを
すべて発表すべきだとは思わないが、
それが株主の知るところになったところで
一向に問題はないはずである。
新聞や雑誌の記事に基づいて
株主から組織改編への疑義が提出されれば、
誠心誠意説明をして、理解を求めるべきだろう。
誤解を生むものであるならば、改めればいいだけの話だ。
NHKの番組を愛してくださる視聴者の声を
〝外部の圧力〟扱いする倒錯に陥ってはならない。
内部事情を徒に視聴者に隠そうとしたり、
知らしむべからず由らしむべしといった対応をとることは、
繰り返すがNHKの自殺行為である。

ぼくはOBといってもNHKとの関係が切れているわけではない。
健康問題もあってフル稼働には程遠いが、
現在も可能な範囲でNHKの番組制作に関わっているし、
今後もそうしていきたいと考えている。
こうした見解をあえて実名で公開することで、
今後はそれが難しくなるかもしれないというリスクは
当然、自覚している。
しかし、
自分が知る限りにおいて視聴者に情報を公開することは、
受信料で生活させていただいてきた人間にとって
ひとつの責務だと考えている。




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