「身体を取り戻す」ということ。


手術から9日目になる。
入院生活とはさぞ退屈して
一日が長いだろうと予測していたのだが、
思いのほかやることがあって、
時間があっという間に過ぎていく。
読書はすでに3冊を読み終え、
4冊目の分厚い「ロシアン・ダイアリー」も半ば。
映画はiPadで「初恋のきた道」ほか3本を観て、
後はパソコンで写真をレタッチしたり、
趣味で作っている映画のデータベースを増強したり。
iPhoneで音楽を聴きながら
3kgのダンベルを持って廊下を速歩で往復するなど、
退院後に備えて筋力の回復にも怠りない。
みんな自宅に居てもしていることには違いないが、
日常生活では(酒を飲むのに忙しくて)
なかなか充分な時間を費やせないのが現実である。
たまには入院もいいものだ、と思ったりもする(笑)。

手術直後には様々な管に繋がれていたのが、
少しずつ自由になって、
昨日で点滴がすべて終わり、
今朝は腹に付けたドレーン(排液管)を抜いてもらった。
これで管は一本もなくなった。
手術後初めてシャワーを浴びる。
自分の身体が自由であることの解放感はこの上ない。
健康だったときには気がつかなかった感情である。
入院とは、
自分の身体を取り戻していく過程だと気がついた。
幸い、癌はどこにも転移していないらしい。

初めて手術後の傷跡をみた。
臍から下を切られたものだと思い込んでいたのだが、
臍の5cmほど上、
ちょうど胃の下あたりから、
臍を縦断するように下腹部まで傷跡が走っている。
どうやら全面オープンしたらしい。
傷跡が一直線に…といいたいところだが、
臍を迂回しようとしたのだろうか、
微妙に蛇行しているところがなんとなくカッコ悪い。
最近の手術は抜糸の必要がないようだ。
糸が勝手に溶けて消えてしまうのだろうか?
腹を見ながらどこか懐かしい光景だと思ったら、
帝王切開で長男を産んだ妻にも似たような傷跡がある。
今後は「腹を割った夫婦関係」が築けそうだ。


手術後初めて食事が出たのは月曜日(術後4日目)、
五分粥に好物の冷奴など一汁二菜の食事だった。
大喜びで完食したら先生に怒られた。
胃腸がまだ本調子ではないので、
あくまで食べる練習として
六分目くらいに抑えろというのである。
それならそうと始めっから言ってくれればいいのに。
この程度の食事なら、完食しても「腹六分目」である。

それから、努力して完食しないように努めている。
とはいえ、どうしても七〜八割は食べてしまう。
病院食というのは意外においしいものだ。
もちろん腹が減っているからだろうが、
薄味だというのもあるのではないか。
ぼくはこれで意外に濃い味つけ、
脂っこいものは好まない。
素材を活かした薄味の料理に、
薬味として幾許かの酒があれば申し分ない性質だ。
酒といえば、
きのう後輩たちが大挙して病室に押しかけてきて、
「乾坤一」の大吟原酒(一升瓶)、
つまみの干し烏賊、
(数えてみたら十枚もある。どうしろっちゅうねん?)
そのうえ、ご丁寧にも、
「東北美酒らん」なるガイドブックまで置いていった。
全く先輩思いの後輩たちを持って涙を禁じ得ない(笑)。


きょうの昼食からお粥ではなく、普通の飯に変わった。
ゆっくりと噛みしめながら、七割くらいで自制する。
明日は投票のために外出許可が下りるという。
蟷螂の斧だろうが、
日本をこれ以上の「反動」に導かないため、
(自分の選挙区さえ知らないのだが)一票を投じよう。

いまここまで書いたところで
夜の検温と血圧測定に看護師さんがきて、
「お仕事お忙しいですね」という。
冗談ではない。
入院してまで仕事をするほどぼくは酔狂ではない。
「遊び」だからこそ一生懸命やるのだ。
仕事から解放されたためだろうか、
ここ数日、血圧が安定していて、
上が110〜120、下が70台だったりする。
高血圧の薬を飲んでいるのが嘘みたいだ。
やっぱり、入院は健康にいいのかもしれない。
…来週の前半には、どうやら退院が出来そうだ。





コメント

  1. いいご友人、後輩に恵まれ、幸せですね。

    もし自分が入院したら、誰が見舞ってくれるか? そう考えると、普段の生活を、いかに丁寧に送ることが大切かが見えてきます。

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    1. >壁際珍事さん

      いつもありがとうございます。
      友人はともかく後輩たちは…
      先輩を「いじり」に来ているとしか思えんw

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