秘湯三昧

宿を替えて肘折温泉に連泊した。
宿を替えたのは他でもない、
経費節減のためで、単身赴任族は辛いのである。
昨夜泊まった「元河原湯」と今夜の「松屋」では、
一泊の宿泊費が5000円以上違う。
これは大きい。
だいたい還暦近くなると料理の品数ばかり多い温泉料理は荷で、
素朴な酒の肴がちょっとあれば充分なのである。
(…と、ここで突然、年寄り臭くなる。)

ところが豈図らんや、
「松屋」は、昨夜以上に料理が豪勢で、
鍋が牛のしゃぶしゃぶと地鶏鍋と二つ付いてきたのには、
感激かつ正直云えば少々閉口した。
古い日本人としては残すのは嫌だし、かといって食べ切るのは大変だ。
(結局、ごはんには手をつけなかった。)
茸やうるいなど地元の山のものが多い献立はぼく好みで、
天然ものだという岩魚の塩焼きなど、しみじみ旨いと思う。
酒は「持ち込み自由」だというのが何よりで、
ぼくはエビスの350ccを一本に地酒「花羽陽 純米吟醸」の四合瓶、
それにニッカのシングルモルト「宮城野」を持ち込ませていただいた。
(さすがに「宮城野」は飲み切らず、仙台に持って帰るつもりだ。)
これで一泊9000円というのは感涙ものである。


さて、昨夜の宿をチェックアウトすると、
ぼくはまず歩いて20分ほどのところにあるという、
もうひとつの温泉「黄金温泉」を目指した。
まず、温泉街を流れる銅山川を渡る。
その名の通り、かつてここに鉱山があったことからきているようだ。
ぼくの背丈より高い雪の壁のあいだをのんびり歩いていくと、
やがて、大蔵村営「カルデラ温泉館」の洒落た建物が見えてくる。


入湯料は350円、宿で割引券をいただいたので300円で入る。
「竜神の湯」という露天風呂があって、
50分交替で男女が交互に入るようになっている。
冬のこの季節、客は少ないようで、ぼくは湯船を独占した。
まさに雪見の風流な湯で、泉質は鉄分が入っていて独特の香りがある。
とても身体が温まり、なんとも心地よい。
極楽、極楽…とまるで爺さんのように口走ってみる。


この温泉には炭酸泉(冷鉱泉)も湧いていて、
飲むと独特の苦味と、喉に仄かな刺激を感じる。
そういえば、
歩いてきた道に沿って流れる銅山川の支流は「苦水川」である。
端的すぎるネーミングだが、
この冷鉱泉の水は慢性的な便秘に効くのだそうだ。


この水は、ペットボトルを買って汲んで持ち帰ることができる。
値段は2リットルで200円。
いま「宮城野」をこの炭酸泉で水割りにして飲んでいるところだ。
微炭酸なのでハイボールとまではいかないが、なかなかいい。

今宵の宿「松屋」には、「穴湯(洞穴の湯)」というのがある。
岩盤を掘り抜いて作った浴場で、
高さ1m余りの洞窟の中をおよそ30m,
腰を屈めながら歩いたところに湯船がある。


珍しいので、話の種という気分もあって入ってみる。
泉質は大浴場と同じだというが、雰囲気は抜群。
湯の色が濁っているのは、やはり鉄分が含まれているのか。
空気が閉じこめられているせいか、いっそう身体が温まる気がする。
客が少ないので、これも独占。
なんだか申し訳ないようだ。

宿から歩いて2分くらいのところには共同浴場「上の湯」があって、
宿で無料入浴券をもらって入りに行く。
これは無色透明、無臭の湯。
怪我・創傷に効能あらたかなそうで、「肘折温泉」の語源でもある。
湯船にお地蔵さんが祀られていた。

肘折温泉郷の魅力は湯量豊富な何種類もの泉源があることで、
きのうの宿、きょうの宿、
カルデラ温泉館、共同浴場とすべて違う泉質だというのが凄い。
ぼくの好みで云えば、「カルデラ」が最高、「松屋」がそれに次ぐ。
(泉温が高いので)井戸水で加水はしてあっても、
循環式にしている宿はないようだ。
温泉街のあちこちで路面に温泉水が流れ、湯気を立てている。
ぼくは気が小さいから、もったいないような気がする。
仙台の同僚に「肘折温泉」と話しても誰も知らなかったから、
あまり知名度はないのかもしれないが、秘湯好きには堪えられない。
必ずまた来たいと思う温泉郷である。

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