甦る銘酒

取材でお世話になった
岩手県立千廐病院(一関市)院長の伊藤達朗さんから日本酒が送られてきた。
かつて酒席をともにしたことがあり、
ぼくが無類の日本酒好きだと知って送ってくださったのだろう。
開けてびっくり、宮古市の地酒「菱屋」の純米吟醸である。

1852年創業の菱屋酒造店は先日の大津波で壊滅的な打撃を受けた。
四月に宮古に泊まったとき
居酒屋に残されていた純米酒(銘柄は「千両男山」)を飲んだが、
連休明けに訪れたときにはすでに飲み尽くされて残っていなかった。
陸前高田の「酔仙」と並んで蔵の被害が大きく、
もう二度と飲めないかもしれないと思っていた酒である。

送っていただいた酒のラベルには「震災復興祈念」とある。
新聞記事が同封されていて、
被災した蔵の貯蔵室に50ケースの酒が無事に残っているのを従業員が発見、
慎重に運び出して“救出”したなかの一本だという。
伊藤先生の奥様が蔵元と知りあいだったので入手できたということで、
貴重極まりない酒を送っていただいて感謝に堪えない。
ちょうど宮城県産ホヤの塩辛が手に入ったので肴にして飲んだが、
津波から救出されたといういわく因縁を抜きにして大変旨い酒である。
純米らしく味に膨らみがあって、しかも甘さがくどくなく、後口が綺麗だ。
飲み飽きのしない、どこか海の男の潔さを思わせる酒である。
純米酒の「千両男山」は正直それほどの酒とも思わなかったのだが、
この純米吟醸は素晴らしい。

新聞記事には菱屋酒造店の女社長(82歳)の言葉があった。

「明治、昭和の三陸津波にも耐え、酒造りを守ってきました。
 今回も絶対に負けません」

ぼくはこれからも仕事で宮古に通うことになる。
復興なった暁に、この蔵の新酒を飲める日を愉しみにしていよう。

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