湯の旅・中国路

いささかタイミングがずれての更新になるが、
先週末は休暇をとってかみさんと中国地方を旅していた。
かみさんもぼくも今年は気忙しい日が続いていて、
ようやく気分転換の叶った春である。



初日(25日)は羽田から萩・石見空港へと飛ぶ。
宿泊は温泉津(ゆのつ)温泉である。
温泉津は2年前、癌の切除手術を受けた直後にも訪ねている。


鄙びた港町、温泉町で、ぼくは大好きなところである。
泉質がよく、食べ物が旨く、街の佇まいがいい。
ぼくの好みから言えば三拍子揃った温泉地で、
東の鳴子に対して西の横綱に挙げてもいいくらいだ。
一度かみさんを連れてきてやりたいと思っていたのである。


泊まったのは「旅館のがわや」で、ぼくは三回目。
温泉津の公衆浴場は46℃とトンデモナク熱い湯で、
この宿の湯はそこまでではないが、やはり熱めのかけ流し。
ちょっと鉄錆臭があってとても体が温まる。
地元産の魚を中心とした料理は相変わらずおいしく、
かみさんも大変満足して、ぼくは温泉マニアの面目を保った。
この町には「開春」というなかなか旨い地酒もある。

翌日は温泉津からJR山陰線にのって三つ目、
仁摩駅からバスに乗って世界遺産の石見銀山跡へ。
島根県出身のぼくだが、ここを訪ねるのは初めてである。


バスを降りて30分ほど歩いた龍源寺間歩に入ってみる。
「間歩(まぶ)」とは坑道のことで、
ところどころ身長170cmのぼくでも天井に頭をぶつけるほど狭い。
ここで銀を掘り、搬出するのはさぞ大変だっただろうと、
昔日に思いを馳せてみる。


石見銀山のある大森の町並みは、
かつての佇まいをそのまま残していて、
古い民家が好きなぼくには歩いているだけでも愉しいところだ。
古民家の外見はそのままに
内部を現代風のブティック&カフェに改造した店もある。
かみさんはそうした一軒、
「群言堂」という店で「梅プリン」を食べてご満悦だった。

この日の泊まりは出雲市にある一軒宿「はたご小田温泉」。
三日目は生まれ故郷の松江市に立ち寄って、
亡くなった祖父・祖母(父方、母方双方)の墓参りをした。


母は一人娘で、母方の墓を守るのはぼくしかいないわけだが、
東京暮らしの根なし草で、我ながら頼りにならないこと甚だしい。
せめてもの罪滅ぼし(?)に
たまに松江に帰る機会があれば墓に花のひとつも手向けるのである。

駅前の一畑デパートの6階にある「一福」で蕎麦を食べた。
一昔前まで松江には
「松本」や「後藤」など気取らずに旨い蕎麦屋があった。
そうした店が主が年老いたことから相次いで閉め、
いまは山間部の頓原から出たこの「一福」が一番旨いように思う。

松江からバスで広島に移動して、
三日目の泊まりは宮島に近い宮浜温泉にある「石亭」。
高校時代からの親友が経営するこの宿についてもかつて書いた。



手入れの行き届いた石庭は見事なものだし、
料理の旨さは全国的にも定評がある一流の旅館だ。
しかし、この宿の素晴らしさは、
何より隅々まで気配りの行き届いたホスピタリティの高さにある。
友人だからいうわけではないが、
これだけの水準を長期に維持してきたのは並大抵の努力ではない。

今回の旅の目的のひとつは、
この「石亭」に両親と一緒に泊まることで、
今年86歳になる両親の結婚60周年を祝う意味もあった。
11年前に金婚式の祝いを同じ「石亭」で催して、
そのおりの“引き出物”として、初めてかみさんを両親に紹介した。
気がつけば10年余りの歳月が過ぎて、
かみさんとも、
なんやかや言いながら同じ歳月をともに過ごしてきたことになる。
一方、ぼくの弟の長女には今年子どもができて、
両親はともに健在のまま、ついに「ひ孫」を抱く身になった。
(姪は神奈川県在住なので、まだネット上で顔を見ただけらしいが。)
二人とも86歳になる現在まで、
持病は抱えながらも介護の必要もなく、
多少はボケたかもしれないが、元気に暮らしている。
考えてみれば、これだけ幸せなことはない。

すべてに行き届いた「石亭」でゆったり静かに迎えた朝、
ぼくは親父に「先に死ぬなよ」と釘を刺された。
それが本気で心配になるほど、二人とも元気である。
ぼくは例えいつ死んでも悔いがないようにと、
ある意味、無頼の暮らしを続けてきた人間である。
しかし、年老いた両親のためにも、
ぼくの体を本気で気遣ってくれるかみさんのためにも、
何とか長生きしなくちゃなあ…と思うのである。










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