70年代ミュージックに酔う。

妻がいつも
「あなたは釧路に来るとよく働くね」と呆れたようにいう。
今回は一人で帰ってきているのだが、やはり忙しい。
きょうは三食自炊だったし、
雑草が蔓延る前に庭の手入れもしなければならない。
一年に何度かしか帰れないので(今年は二回目)、
たまに帰るとやることがたくさんあるのだ。

そろそろ木の若葉が出て、
庭に植えたツツジの花が咲いているのではないかと、
それを愉しみに帰ってきたのだが、まだ全然…。


家の南側にある
ハルニレの木が新芽を膨らませていたが、
ヤチダモの若芽は樹皮をかぶって固いままだ(下の写真)。
去年北側の玄関前に植えたヤマモミジになると、
芽吹きの兆候がうかがえる程度でいまだ「早春」の佇まい。


三枚目の写真はクロフネツツジである。
すでに花をつけ始めていたのが今年はご覧の通り。
釧路市内でもツツジや桜が咲いている家があるから、
海に近い高台にあって
潮風の通り道になっている我が家は春が遅いのだろう。


ちょっと庭の手入れをして、
今度はスピーカーを接続する作業に入る。
ぼくが独身時代、
東京で使っていたLinnというスピーカーで、
結婚して息子に譲っていたのだが、
息子が使わなくなったので釧路に運んできたのだ。
バナナプラグで接続する独特のスタイルなので、
仙台のヨドバシカメラでプラグを買ってきてつなぐ。
棚の後ろを通すようにしたコードの引きまわしが面倒で、
けっこう大仕事になってしまった。
写真は釧路の家を建てたときに
中古で買い求めたTANNOY STiRLiNGで、
その上に乗っている小さなブックシェルフ型がLinnだ。
両方ともイギリスのスピーカーである。


ぼくは独身時代、
オーディオとカメラに凝って大変な散財をした。
釧路の家の住宅ローンも抱えていたので、
結婚したときには貯金が全然なく、いまでも妻に詰られる。
釧路の家は
東京で使わなくなったオーディオ機器の置場になっていて、
これはこれでなかなか楽しかったりするのだが…。

接続したLinnをさっそく鳴らしてみると、
繊細で締まった音ではあるが、
TANNOYに比べて低音が出ていないのがよくわかる。
スピーカーはハコの大きさの違いが決定的であるという
自明の理をいまさらながらに認識した次第。

もっとも、技術者のあいだには全く違う意見もあるわけで、
その代表格が以前にも書いた由井啓之氏氏である。
氏の提唱するタイムドメイン理論に則って作られた
円筒型のYoshii9が我が家の二階にある。
東京のリビングで使っていたのが、
邪魔臭いと妻の逆鱗に触れて都落ちしてきたのである。


Yoshii9は気難しいスピーカーで、
設置条件によって鳴り方が全く変わってしまう。
壁から充分離して置かなければいけないので、
妻が邪魔だと怒り出す気持もわからなくはないのだ。
(デザイン的にも武骨、というか全く愛想がない。)
我が家の二階の場合、
上の写真の右側は吹き抜けで大きく開いており、
左側は全面ガラス窓だ。
この窓ガラスを開け放った方が明らかに音がいい。
窓を開けるとまだ寒いのだが、
いい音で音楽を聴くためにはやむを得ない。
この寒さで他に窓を開けた家があるとは考えにくく、
通行人もいないところなので、
たいした近所迷惑にはならないだろうと考えた。

Yoshii9はアコースティックなボーカル、
例えばギターの弾き語りなどが抜群にいい。
音に実在感があり、
歌手がすぐ目の前で歌っているように思える。
そこでまず山崎ハコを聴いた。
「飛・び・ま・す」で1975年のアルバム。
(レコードではなく、mp3をiPadで再生)
30年前の釧路時代、
ぼくはハコが好きでよく聴いたものだ。
昨日も書いたが、やっぱりネクラだったのだ(笑)。
「ひるのいこい」で、
近親相姦をテーマにした「きょうだい心中」をかけ、
昼間からなんだと抗議電話がかかってきたこともある。
当時のデスクが、
「『ひるいこ』で抗議を受けたのはお前くらいなものだ」と
怒るのも忘れて呆れていたのを思い出す。
Yoshii9はハコの歌声を生々しく甦らせ、ぼくは酔った。

調子に乗って、今度は中島みゆき。
デビュー・アルバムの「私の声が聞こえますか」(1976)。
ぼくのなかで
みゆきはなんとなくハコの後継者のように思っていたのだが、
デビューは同じ’75年で、
しかも年齢は中島みゆきの方が5歳上である。
聴き込んだ時期がハコの方が早かったので、
なんとなくそんな印象になっていたのだろう。
中島みゆきはいくつもの異なる顔(と声)を持つ歌手だが、
デビュー当時の歌声を聴くと、とことん暗い。
ハコといい勝負である(曲想も似ている)。
やっぱり、’70年代は「暗い時代」だったのだろう。

ぼくは止めどなくなってきて、
一階に場所を移して
つないだばかりのLinnで
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドを聴いた。
ブルースを集めた1976年のアルバムから、
いまは懐かしカセットテープにダビングしたのが音源。
意識したわけではなかったのだが、
どれもほぼ同時期…ぼくは大学生だった…のアルバムで、
若かったとき(釧路で過ごした新人時代)に
下宿の四畳半で
ある種の鬱屈を抱えながら聴き込んだ曲である。
いまでも好きな曲を選んで聴いたら、こういうことになる。
(ここに浅川マキを加えれば、“完璧”である…w)

最後に野本直美を聴いた。
野本直美といっても知らない人が多いだろう。
ちょっと遅れて1983年に
アルバム「君よ優しく素直になれ」でデビューした
北陸出身のシンガーソングライターである。
(TVで見たことがあるのだが、大変な美人だった。)
ぼくはこのデビューアルバムしか知らないのだが、
聴けば聴くほど沁みてくる歌声で、当時の愛聴盤だった。
歌に酔い、
酒に酔って(芋焼酎をお湯割で呑んでいた)、
ぼくはぐずぐずになってしまった。
若い時代を過ごした釧路に帰ってくると、
時空が「あの頃」にワープしてしまうのかもしれない。







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